中林一仁
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先生への手紙 No.1 (2016.8.28 日)AM9:30 自宅にて)

f:id:kazu7804:20170104214732j:image先生、いつも感謝しております。なんとか無事に職場の試し出勤も終えれそうです。

ここまで私が、立ち直れたのは本当に先生及び、市役所の保健師さんが私を支えてくださったお陰であると肝に銘じております。お二人の存在がなければ、今頃、私はどうなっていたことやら想像するだけで恐ろしくなります。

今日、こうして手紙という形式を取らさせていただいたのは下記の理由があります。

1.発達障害を抱え、口頭だと伝えたいことが漏れてしまう。

2.文章という形で記録に残す。(書いたことには責任を持つ。)

3.先生の許可をいただければ、この文書をブログにして公開する。

<植松  務氏のTEDでのプレゼンテーションを見て>

 先生、どうも貴重な情報提供、ありがとうございました。植松さんのプレゼンテーションを見れたのも私にとっては成果だったのですが、世界の最先端の現場で活躍されてる方々のプレゼンテーションが見れるTEDというソースがあるということを知れたのも私には大きかったです。今後、TEDで自分の興味のあるプレゼンを見ていこうと思います。

 植松氏のプレゼンを見ての感想ですが、とても感動しました。

 植松氏は、小学生の頃に学校の先生に自分の夢に対して、「どうせ、お前には無理」という言葉の暴力によって心を傷つけられたと語っておられました。私にも似たような体験があります。私の場合、それは今の市役所に入って5年目か6年目の頃だったと思いますが、上司の「ダメな奴はいつまでたってもダメ」そんな言葉を耳にしました。それを聞いたとたん、仕事を頑張る気が失せました。「どうせダメなら努力する必要ないじゃん」って感じです、植松氏は、「どうせ無理」という言葉を人の夢と可能性を奪うものだとおっしゃってましたが、私の場合、それが「ダメな奴はいつまでたってもダメ」という言葉でした。その時は、何も言えませんでした。しかし、アドラーの教えを知った今、思うことは果たしてその上司は、汚い言葉で部下を罵ることが教育だと思っているのか?そんな言葉を発する以上、自分はどうしたらいいのか解決策を当然持っているのか? 仕事で何かミスがあったのなら、部下と一緒になって原因を探り今後、同じミスを繰り返さないように解決策を一緒に考えるのが上司の責務ではないのか?自分にも大した考えもないくせに、部下を一方的に汚い言葉で罵って、それで上司の責任が務まるなら上司なんか必要ないではないか?なぜなら、部下に自信を失わせ、その可能性を摘み取って、ふんぞり返っているような上司、はっきり言って必要ないのではないか?否、職場にとって害ではないか?...そんなことを思いました。

 それから、植松氏が語っておられたことで、もう一つ感銘を受けたのは、「中途半端っていうのは何もしないよりずっといい。人はみんな何かが足りない存在なんだ。だから、足りないことを恥ずかしがることはない。足りないところは、お互いに補いあえばいい。今日、助けてもらったなら今度、自分のできることで返せばいいんだと...」

  これは、まさしくアドラーの提唱する「共同体感覚」に近い発想ではないんでしょうか?

 お互いの違いを認めつつ尊敬し合い、互いに足りない所は補い合って、そのことで共同体への貢献を通じて所属感(=幸せ)を得る。

 植松氏が言いたいのは、まさしくアドラーのいう「共同体感覚」なのではないか?そんなことを感じました。

 アドラーは、人間社会の全てのコミュニティにおいて上下関係をなくし、縦の支配・被支配の関係から、横の全ての人が対等で、互いに協力し合う関係へと変換すべきだと言っていると思いますが、私も同感です。なぜなら、やはり今の職場でも権力志向、エリート意識が強くて、自分の支配欲を満たすために出世を目指す人が少なからずいると思うからです。(簡単に言うと、高い役職に就いて偉そうにしたいだけ?)

  私自身も、係長という役職に就いていましたが、もうそんな出世競争に加わるつもりは毛頭なく、幸い? 発達障害を抱えているということもありますので、復職時には、係長を辞退して平凡な一職員に戻ります。

 この件に関して、先生に教えていただいたTEDで興味深いプレゼンを見つけました。マーガレット・ヘファーナン氏の「職場の順位制をやめよう」というプレゼンです。もし、ご興味がおありでしたら一度、見てください。

<私自身の能力開発について>

  先日(8月23日)の面談で、少しお話ししましたが、今、私は自身の能力を開発してみたいと本気で考えております。(理由は以下です。)

1.発達障害者ならではの弱点をカバーしたい。

2.つまらないエリート意識を持った人間にバカにされたくない。(偉そうにするやつに負けたくない❗️)

3.自身がどこまで行けるのか試してみたい。

 人間の脳は実は数パーセントしか使われておらず、残りの脳の使い方も分かっていないという考え方があると先日、お話ししました。もし本当ならトレーニングの仕方によっては、飛躍的に能力を向上させることが可能になるかもしれません。試してみる価値は十分にあると思いました。

 それから、思ったのですが大事なのはインプットとアウトプットを絶えず繰り返すことなのではないかと...多くの人は、インプット(情報の脳への入力)は、たくさんするけどアウトプット(入力したものを何らかの形で表現する。)が足りていないのでは?と思いました。例えば、芸術家と言われる人たち。楽器演奏者ならば脳にインプットした楽譜という情報を指や口を使ってアウトプット(表現)しています。絵描きならば、目で見たり頭の中で想像したものをキャンバスに表現していきます。要は、それと同じなのでは?と思うのです。アウトプットを行うことによって入力された情報が単なる知識ではなく理解されたものとして頭に定着する...(当たり前のことなのでしょうか?)一度、「理解されたもの」は、他の「理解されたもの」は、他の「理解されたもの」と組み合わせが可能となり、そこから新しい価値やらアイデアが生まれる...そういうことなのではないでしょうか?

  この件に関しましては、堀江  貴文氏が自身の著書「本音で生きる」の中で以下の通り話されています。ー以下、当書の抜粋ー

「今の時代、アイデアに価値などなくなっている。あらゆる情報やアイデアは出尽くしていて本当の意味での画期的なアイデアなど滅多にない。必要な情報があればネットを探せば大抵見つかる。ビジネスアイデアにしても、自分の頭の中だけで無理矢理ひねり出そうとしても大したものが出てくるわけがない。しかし、世の中にはアイデアが溢れており、それらを組み合わせてまとめるだけで新しいアイデアなど簡単に生み出すことができる。」ー 「本音で生きる  」P149〜150

「もし、僕が他の人と違って見えるのであれば、それは情報の量だと思う。僕は、きっとあなたが普段見ている情報の量と、桁が一つ違うくらいの量の情報を見ていることは断言できる。大事なのは圧倒的な情報量とその処理数なのだ」ー 「本音で生きる」P151

「さまざまな分野に興味を持って、膨大な情報を取り入れるという作業をずっと繰り返しているうちに自分にとって良質な情報が感覚でわかるようになるとしか言いようがないのだ。」ー 「本音で生きる」P153

「そんなにたくさんの情報を取り入れたら、頭がパンクしませんか?と聞かれることもある。ここに多くの人の誤解がある。個々の情報は記憶するのではなく浴びればいいのだ。」ー  「本音で生きる」P155

「大量の情報を脳という引き出しにいったん全部詰め込む。そうすれば何かのきっかけで引き出しの中の情報と情報がパッと繋がって新しいアイデアが生まれる。起業のアイデアなど、頭を捻って考えるようなものではない。情報のシャワーさえ常日頃、浴びるようにしていれば、アイデアはいくらでも湧いてくる。」ー「本音で生きる」ー P155〜156

「毎日脳にインプットする情報量がしきい値(境界となる値)を超えると、脳の中で情報のネットワークが生まれて、なんらかのアウトプットを発するようになっているのかもしれない。」ー 「本音で生きる」P157

「脳の情報処理能力に関してもちろん多少の個体差はあるだろうが基本的に神経網の仕組みは人間ならほとんど同じだ。膨大な情報を与えれば、誰でも脳内で情報の結びつきが生まれると僕は考えている。」ー 「本音で生きる」P158

「大量の情報が脳に定着し、なんらかのきっかけで情報同士の結びつきが生まれる。このプロセスを最大限効果的に行うには、アウトプットすることと自分で考えることの繰り返しが欠かせない。」ー 「本音で生きる」P158

 

以上のように、堀江氏の見解を抜粋させてもらいましたが、表現やら多少の違いはあるにせよ、私が考えていることと似ているのではないでしょうか?これからの時代は、単なる知識が豊富なだけではダメ(スマホさえあれば、大抵の情報は難なく手に入る。)で本当に理解されたものとして脳に定着したものをどんどん増やし、それらを組み合わすことによって新しい価値を生み出す、そういうコーディネート力を持った人が強いのではないでしょうか?そのためには、圧倒的な情報を浴び、自分の頭で考えて、何かの形でアウトプットしていく。それの繰り返ししかないと思うのです。

  それで私が今、トレーニングとしてしていること、あるいはこれから始めようと考えていることを以下に書きます。(先生の意見や助言が頂ければ幸いです。)

1.できるだけウォーキングを行う。(好きな音楽を聴きながら歩くと普段考えないような考えに思いつくことがある。)

2.自分の思考を出来るだけ、言葉ではなく図化してノートに書いてみる。(物事の本質を見抜く訓練)

3.簡単なイラストを描く練習。(下手でもいいんです。上手くなる必要はない。要は頭と手を連携させて使うことが大事だと思います。)

4.最近、始めたダンスを可能な限り続ける。(ダンスは楽しいし、あらゆる身体能力(筋力、柔軟性、瞬発力、俊敏性、等...)を問われます。なので、理想的な身体作りを目指すならベストなスポーツだと思います。それから、頭を鍛えることと、身体を鍛えることは別物と考えられがちですが、実は、同じというか相互依存の関係にあるのではないかと考えています。「にわとりが先か卵が先か」という議論になりそうですが、僕は身体を鍛えるのが先だと考えています。いくらハイスペックなソフトウェアを準備しようが、それを使いこなせるハードウェアが必要なように...

  身体をまず鍛えて、頭も自分で考えることを続けていれば、自ずと身体に見合った頭が出来上がるんじゃないか?そんな気がしています。このことに関しては、千田琢哉という方が、著書「筋トレをする人は、なぜ、仕事で結果を出せるのか?」の中で、こんなことを言っています。

「昔の哲学者たちは筋骨隆々で描かれることが多いが、あれは偶然ではないと思う。肉体を鍛えることと、知力を鍛えることは同じなのだ。否、肉体を鍛えると必然的に知力を鍛えたくなるものなのだ。」ー 「筋トレをする人は、なぜ、仕事で結果を出せるのか?」P84

 「あなたは、子どもの頃から比べると、大人になってから随分頭が固くなったのではないだろうか?頭が固くなるのと比例して、体も固くなっているはずだ。否、体が固くなるのと比例して、頭も固くなったのだ。つまり、頭の状態と体の状態は常に一致しているということになる。大人になったから頭が固くなったのではなく、体が固くなったから頭が固くなったのだ。ー  「筋トレをする人は、なぜ、仕事で結果を出せるのか?」P86

「体がクニャクニャして柔らかいと、自分の機嫌も良くなってくるから枠にとらわれない変幻自在な発想が生み出されるのだ。」ー「筋トレをする人は、なぜ、仕事で結果を出せるのか?」P87

5.ブログを書いて公開する。(ブログを書くということは、日々、感じたことを文章という形でアウトプットするので訓練になる。また、自分の思考を記録に残すことによって、後で思考の経過を振り返ることが出来る。)

6.スマートフォン、PC等のデバイスを駆使して、楽しみながら有用な情報収集に努める。(あくまで楽しみながら、自分の世界を広げるつもりで...)

  長くなってしまいました。本当は、アドラーについて自分なりに思うことを書いてみたかったのですが、またの機会にさせていただきます。

  ありがとうございました。