中林一仁

2018.4.1 いよいよ新年度が始まった(^^)

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   いよいよ新年度がスタートした...

   なかなか、書くことがなくて、更新できずにいたけど、そろそろ無理にでも書かないとと思って、ペン✒️を取った...(この表現はおかしいけど...)

   実は、昨日、母親を羽曳野市の古市にある歯科医院へ連れて行ってきた。というのも、この15年くらい、ずっとドライマウスに悩まされてはって、宝塚や尼崎の病院で診てもらってはいるものの、なかなか良くならないみたいなので、いい病院がないか探してた(≧∀≦)

   宝塚の病院では、シェーグレン症候群と診断されてるんやけど、これがなかなかの難病らしいのと高齢で唾液が少なくなってきているのもあるやろし、食べ物の好き嫌いが激しい人なので、そんな諸々のことが重なってるんやと思う。

    インターネットで病院を探して、たまたま検索結果でトップに出てきたのが、くだんの病院。早速、先週の土曜日に連れて行き、血液検査を受けさせて結果が出るというので昨日、連れて行ってきた。検査結果の説明を医師から聴き、ほぼ原因と思われるものが判明した。シェーグレン症候群の良い薬もあるとのことで、それらの薬を処方してもらった...

    まだ、経過を見ないとなんとも言えないけど...これまで受診してきた病院はきちんと診てくれてたんかな⁇と疑問に思う(≧∀≦)ほんと、少しのことで15年も苦しまずに済んだかもしれないと思うと母親が気の毒に感じたのと、もっと真剣に探してあげてたらよかったと少し後悔した(≧∀≦)まあ、でも後悔しても始まらんし、良い病院が見つかったということで良しとしよう👌(少し遠いねんけど...)

   病院を後にし、ちょうど昼前だったので、どこかで昼御飯にしようということになった。

   ちょうど桜🌸の見頃を迎えていたので、大阪城に行って、そこで花見がてら昼御飯にしようと近鉄阿倍野橋で、百貨店に入り、二人とも海鮮チラシ寿司を購入。それを持って大阪城公園駅で電車を降りた。すると、すごい人出...

(≧∀≦)花見に来てる人達だけではなく、大阪城ホールでコンサートがあるらしく、開催スタッフと思しき人達が、プラカードやら、マイクやらを持って、ぞろぞろ歩く人達を誘導してはった。若い女の子が多いので、何のコンサートかな?と思い、本丸の方へ歩いていく道すがら、二人連れの女の子に聴いてみた。すると、「sexy zone」というグループのコンサートがあるという。どうやら、ジャニーズ系の若い男の子のグループらしいということで納得。でも、私の中のジャニーズと言えば、SMAPTOKIO、嵐くらいから全く更新されていないので、「へえーっ...」って感じ。全然知らんけど、とにかくジャニーズの若手というだけで、こんなにも若い女の子が集まるんやって少し驚いた(°_°)

   城の内堀の外側にある芝生のエリアに配置してある御影石みたいなんに陣取り、チラシ寿司を食べた(^^)

   天候も穏やかに晴れていて、ときどき吹く風に桜の花びらが散る様はほんとに優雅。周りの人達も楽しそうに談笑してたり、酒盛りをしてたり、ご馳走に舌鼓をうってたり...

   久々に大阪城に来たけど、なかなか良いなぁって思った。

   でも、一見、長閑で平和に見える周りの景色とは裏腹に、今、少し気になっていることがあって今日は、そのことについて書いてみようと思った(≧∀≦)

   それは、経済格差のこと。相変わらず、本は常に持ち歩いていて、何冊か並行しながら読んでるんやけど、その中に、「護られなかった者たちへ」NHK出版   中山  七里著という本と、

「新・日本の階級社会」講談社現代新書  橋本 健二著という本がある。

   二冊とも、まだ読み終えてはないけど、ほんとうに社会保障の仕組みを本腰入れてなんとかしないとあかんの違う?と思った(≧∀≦)

   「護られなかった者たちへ」では、役所の予算の制約上のことから生活保護の受給者が保護を打ち切られたり、新規に申請をしても事務的に却下されて受け付けてもらえない、いわば最後のセーフティネットから漏れてしまった人達

の実情が書いてある。私自身も役所に勤めているから、予算の制約や、事務手続き上の整合性やら、予算の最適配分とか分かるんやけど...

 生活保護を求めてる人達にしてみれば命がかかっているわけで...あまりにも事務的な役所の対応に憤る人達の気持ちも分かるし、かといって、限られた予算を最も効率的に使わないとという役所の立場も分かる。不正受給の問題なんかもあるし、役所の審査(≧∀≦)が厳しくなるのも無理がないのは分かる。しかし、本当の問題の本質は、果たして別にある気がしてならない(≧∀≦)  それは、言うまでもなく、社会保障や福祉制度、税制を含む富の再配分など社会システムの構造的な問題。また、税金の無駄使いとか徹底的に見直せば少しはマシになるのではと思うんやけど...(停止している原発の維持費用とか...)とにかく、まだ読み終えてないけど、なんとも切なくやりきれなくなる内容(≧∀≦)   

   それから、「新・日本の階級社会」では、もはや、格差は階級になりつつあるという。経済格差を五段階に分けて考え、その階級が固定化しつつあると。貧乏人の家に生まれた者は、貧乏人に、金持ちに生まれた者は金持ちにという構図が固定化されてしまったという(≧∀≦)。著者によると、最下級のアンダークラス(呼称は著書による。)の人達は、年収が200万にも満たず、結婚して家庭を持つことすらおぼつかないという(≧∀≦)特に、夫と離婚したり死に別れたりした女性の貧困の問題が深刻だそう(≧∀≦)バブル崩壊後の規制緩和政策によって、派遣労働者が増えたり長引く不況で企業が雇用を抑制したりと運悪く、こんな時代に社会に出ていかざるを得ない若い人達が気の毒に思う。

   確かに、ある程度の「格差」は仕方がないと思う。能力の差や、生まれ育った環境、本人の努力、持って生まれた運、etc...

   すべてが平等にというわけにはいかないし、それによって、格差が生じても、ある程度までは容認されていいと思う。ただし、もし、それが、本人がいくら努力しても報われないような社会システムというか構造になってしまっているとしたら...「自己責任」という言葉の下に、時の為政者、権力者によって、それが当たり前のことなのだと思い込まされてしまっているとしたら...

    著者が書いているように、貧困層の家に生まれた者は、充分な教育を受ける機会を与えられず、経済的な理由から進学を諦めたり、中退したりして、充分な学歴を築くことができずに正規雇用の職に就くことを諦めざるを得なかったり、そもそも、労働力を安く買い叩こうと正規雇用を抑制して、企業側にとって都合のいい非正規雇用者を増やそうとするような状況が企業側にあるのなら、それはもう本人の責任というより受け皿の社会の方に欠陥があるとしか言いようがないと思う。 

   こういうことを書くと、自身が恵まれた立場にあるから、上から目線で綺麗事が言えるのだというような意見もあると思う。確かに、私は今、比較的恵まれている方だと思うし、そうだからこそ、こうやって、涼しい顔をして、記事を書いていられるのだと思う。だけど、私自身、充分な教育は受けさせでもらったけども、子供のころは決して裕福な家ではなかったし、むしろ、子供心に、しっかりと世の中には金持ちと貧乏人がいて、自身は後者の方なんだという意識がはっきりとあって、コンプレックスを抱えていた。だから、経済格差のような問題には、敏感になるし、たとえ小さな一声であったとしても、おかしいと感じたら声をあげないと、ほんとうに権力者たちによって、それが当たり前なのだというフィクションを刷り込まれて(あるいは洗脳されて)誰も何も言わなくなるのって本当に怖いことやと思うねんけど...

    新年度の当初に、何やら暗い話になってしまった気がするけど、私自身、不勉強なので、この問題には少しこだわってみたいと思った(≧∀≦)

   長くなったけど、最後に「新・階級社会」から気になったところを引用してまとめさせてもらったノート📔を参考に貼り付けて終わりにしよう...

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