中林一仁

2018.1.13(土) 新年初めての記事😊 「阿修羅のこと」 そして、今年はどんな年にしようか?

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   今日は、2018年1月13日。二十四節気では、小寒(1月5日)と大寒(1月20日)のほぼ中間ということになる。ここ二、三日は本当に寒くて⛄️、テニスやらウォーキングするのもつい億劫になってしもてたんやけど...

   今朝は、休みということもあり、7時過ぎまでグッスリ寝てた😳。 でも、天気そのものは寒いけど快晴で風もなかったので、少し遅いけど、ウォーキングに出かけようと思った。

   いつものように朝食の準備をして食事を済ませてから昆陽池公園に出かけた。寒さ対策は万全にと思い下はスェットジャージの下にタイツを履いて、靴下を2枚重ねて履き、上はUNIQLOで買ったヒートテックの長袖タートルネックシャツの上にジャージとスエットパーカーを重ね着して、更にその上から学生の時に買ったSt.Christopherのテニス用ウィンドブレーカーを羽織って、手袋も2枚重ねて嵌めて出かけた...なんか、モコモコしてしもて動きづらい気がしたけど、歩いてる時に手の指先や足先が冷たくなると辛いので仕方がない…

   去年の年末の23日にブログを更新してから、あれよあれよという間に、新年を迎えてしまい、さらに2週間も経ってしもた(≧∀≦)

    ただ、何を書けばいいのか悩んでて、ずっと気にはしてたんやけど...音楽の話しも、中途のまま終わってて(≧∀≦)

    それで今朝、ウォーキングをしながら考えてたんやけど、普段、本や新聞を読んでは、書込みしたり、記事を貼り付けたりしているノート📓をブログで公開してもいいんかな?とか...

    ニーチェの哲学のことなんかも書いてみたいなとか...

    でも、とりあえず新年始めのブログは、一昨年の12月23日に見に行った奈良の興福寺の阿修羅像について書こうと思った。

    阿修羅像は、それまで本でしか見たことがなかった。4年程前に復職支援施設で知り合いになった人と通院する心療内科が一緒でたまたま病院で一緒になった時に阿修羅像の話をしたんやったと思う。それで本物を見てみたくなって一番初めの上司と一緒に見に行ったんやった。

    初めて像を見たときの感想は、細くて華奢やなぁ😅って思ったのと、背の高さも153.4cmということなので圧迫感もなく、まさに紅顔の美少年😅。そして何よりもその顔の表情に魅せられた…

   眉間を寄せて少しつり上がった両眼。その眼は何を見ているのか…遠くのものを見ているようにも見えるし、何かを思い詰めているようにも見える…小さな口をキリッと閉じて両手を胸の前で合掌するその佇まいからは、胸に秘めるただならぬ意志や想い、あるいは憂いみたいなものを感じざるを得ない。

   「何かを後悔し、悔い改めようとしているのか?」とか「仏教の守護者としての想いみたいなものを体現しているのか?」とか想像力を働かせるんやけど…よくわからなかった。

   そこで、興福寺の土産物屋さんで購入した本の中から読んでみて興味深かった内容を書いてみようと思った。                

   ー以下の記事は「阿修羅を究める」より。ー

  「阿修羅は古代インドの神で、インド名をアスラという。アスラはもともと「戦闘の神」で、激し    い気性の持ち主である。

   鎌倉時代の「北野天神縁起絵巻」には、阿修羅による戦いの場面が描かれている。阿修羅は手に弓と矢を持ち、牙を上に向け三つの顔と六本の手を持つ。一番上の手には太陽と月をシンボルとして持ち、身体は怒りを直接表すように赤く塗られている。

   阿修羅の戦う相手は、インドの神々の中心であるインドラ(帝釈天)である。しかし、阿修羅は帝釈天にどうしても勝つことができず、戦うことの苦しみを負うことになる。苦しみは業となり、阿修羅道として、地獄道、餓鬼道、畜生道、人道、天道とともに六道の一つに数えられ、畜生道と人道の間に位置付けられる。人間は心の中でさまざまに葛藤し、絶えることのない苦しみを持っている。阿修羅は人間の心の業を象徴的に表しているともいえる。

   古代インドの神々と同様に、阿修羅も仏教が成立し発展してゆく中で、仏教の中に取り入れられ、仏教に敵対するものを威嚇し退散させる守護神としての役割を持つようになる。

   阿修羅の帝釈天に挑む激しい戦闘の力は、仏教に対抗する者に向けられるのである。

   このようなインド神話に由来する「戦闘の神」としての阿修羅は、すでにふれたように怒り顔、三つの顔、六本の手、赤い肌で表すのが一般的である。

   興福寺の阿修羅像も形は同じであるが、表情からは怒りがまったく消えている。戦う神としての激しさはまったく見られない。(「阿修羅像の意味するものー興福寺阿修羅像の美と形」金子  啓明著より抜粋)

    おそらく、たがいに眼をいつまでもジーッと見つめ合わせていられるのは、たがいに信じ合い、愛し合い、哀しみ合っている者同士ではないだろうか。

    阿修羅の場合、阿修羅のまなざしを「見ている」ときは、それは遠くをはるかにやさしく見ているようなまなざしに見える。しかし、真正面からそのまなざしとかち合うと(あるいはそのまなざしに射すくめられると)、それは深く貫き通すようにきびしいまなざしに見える。阿修羅はやさしいまなざしときびしいまなざしの二つを持っている。

    阿修羅はなぜ、やさしくだけでもなく、きびしくだけでもなく、二つの相反するまなざしを持っているのか。それこそが堀辰雄が「切ないまなざし」と表現した理由なのではないか。

   「切ない」とは、心に深く感じ、悲しさ恋しさに胸がしめつけられるような気持ち、息苦しくなるようなおもいをいう。

    この阿修羅はなぜ、こんな切ないまなざしをしているのだろうか。あるいはこの切ないまなざしは何を意味しているのだろうか。それは、おそらく阿修羅が「人間の奥深くにある」悩みや悲しみや苦しみを受け止め、ともに悩み、ともに悲しみ、ともに苦しんでいるからではないだろうか。

    この阿修羅のまなざしは、人間を慈しみ救う慈愛や救済のそれではない。慈愛の目にみち救済の手をもった仏たち、観音や菩薩や如来はほかにたくさんいる。

    阿修羅のまなざしから伝わるものは、たとえ慈しみ救うことはできなくても、ひたすら苦悩を共にしようという「共苦」、悲しみを共にしようという「共悲」の意志である。

    阿修羅はもともと六道という悩みや苦しみ悲しみの世界に住んでいる鬼神という。だからこそ、人の悩み苦しみ悲しみを共にしてくれるのではないか。

    阿修羅は高い所から慈愛をたれたり、救いの手を差し伸べるというのではない。弱く愚かで罪深い私たちの傍にいて、ひたすら苦しみを苦しみ、悲しみを悲しんでくれるのである。だから、こんなにも「切ないまなざし」をしているのである。(「阿修羅と現代人の癒し」立川  昭二著より抜粋)

  

    紀元後四世紀ころ、土着の古神たちと結びついたバラモン教は、様相、内容も新たにヒンドゥー教として台頭する。

    その精神の中核となるのが、インドの二代叙事詩、「ラーマーナヤ」と「マハーバーラタ」である。その原形は紀元前二世紀頃に形作られた。「マハーバーラタ」はヒンドゥー教の興隆とともに、全18編;約10万の詩句からなる大叙事詩として、約六百年をかけて完成された。戦史に神々の物語や、民間説話が加わったものである。

    インドラは世界を支配して驕りたかぶり、傍若無人の振る舞いをするようになった。インドラの威光は陰り、神々とアスラの戦闘が始まった。神々は押されに押された。神々は、母がアスラではあるがヴェーダをマスターした若き聖人ヴィッシャルーパのおかげで助かった。だが、インドラは彼の出自を危ぶみ、後顧の憂いを断つべく最強の兵器ヴァジラー(雷光)で彼を殺害してしまう。ヴィッシャルーパの父トワシュタは復讐を誓い、盛大なヴェーダの祭りを催した。

    その聖火の中から出現したのが勇者ヴリトラである。不死身のヴリトラ率いるアスラと神々の戦いが再燃した。さしものインドラも攻めあぐね、神々の敗勢は明らかになった。いったんは和平した神々とヴリトラだが、ヴィシュヌ神の協力を取り付けたインドラと、海辺で両雄最後の戦いが始まった。

    はてしない激闘も、ついにインドラ得意の武器、ヴァジラーで決着がついた。彼は、ヴリトラの唯一の泣き所、口の中に雷光を打ち込んだのである。以後、インドラはヴリトラを殺した英雄=ヴリトラ.ハンとも呼ばれるようになった。しかし、欺瞞に満ち、卑怯な振る舞いの多かったインドラはやがて名声を失い、世界の王の座を退去した。

    ヒンドゥー教の世界では、アスラは神々と戦い敗れた魔神である。だが、インドラなどヴェーダの主だった神々も力を失ってしまった。ときは流れ、時代の覇者クリシュナ=ヴィシュヌとルドラ=アスラの出現である。ルドラ=アスラは山岳信仰と合体し、シヴァ神に変貌を遂げる。(「阿修羅とは何か」ー古き神々の没落      森谷   英俊著より抜粋)

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2017.12.24(日) クリスマスイブ、聖なる夜に思うこと...(≧∀≦)

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「雨は夜更け過ぎに、雪へと変わるだろう...

silent night  holly night♬

 きっと君は来ない...一人きりのクリスマスイブ

...」                  ♬  山下達郎「クリスマスイブ」

 

    今日は、12月24日。クリスマスイブや🎅

    前回の更新から、約1カ月も経ってしまった(≧∀≦)

    音楽の話、特にサックス🎷を習ってた頃の思い出について書かなあかんあかんって気になってはいたんやけど、ついつい先延ばしにしてたら、いつのまにか今日を迎えてしまった(≧∀≦)

   でも、今日は、音楽の話しよりも、別のことについて書こうと思った(≧∀≦)

    今朝は、5時半に目が覚めて冷蔵庫の中にラップをして冷凍保存してある、ご飯の塊を探したら切れてたので、昨日買ったキヌアを1合と白米を3合の割合で、ご飯🍚を炊いた。その間に、鯖を焼いて、納豆を作り、あさりの味噌汁を作った。我ながら、随分と料理の手際が良くなった気がして嬉しいのやら悲しいのやら、よう分からん気持ちがした(≧∀≦)

    今日の天気予報では、昼頃から次第に天気が悪くなるとのことなので、尼崎のテニスは諦めるとして朝のウォーキングと昼からダンスのレッスンを受けるつもりで、昆陽池ウォーキングに出かけた。案の定、どんよりとした曇り空やったけど、冷たく澄んで、ピーンと張った空気が気持ち良かった(^^)

    いつものことやけど、iPhoneで好きな音楽を聴きながら歩いてて考えを巡らせていたら、「そやそや、前回から随分と時間が経ってしもたし、しかも今日はクリスマスイブ🎄やねんから、クリスマスイブの思い出について書いたらいいやん!」と思い立ち、歩きながら、ずっと何を書くか考えてた(≧∀≦)

   でもクリスマスに関しては、 今まで特にいい思い出はない(≧∀≦)    昔(遥か太古の昔...というほどではないがかなり昔(≧∀≦))に付き合ってた女の子とも、特に一緒に過ごした思い出はないし、たいがい、いつも一人で、この日が来ると「早く、過ぎ去ってくれたらいいのに...」って布団に潜り込みながら思ってたと思う...

    もっとも、もうクリスマスイブだ、へちゃくれだのと騒ぐ年齢はとうに過ぎたんやけど...

    ただ、そんな私にも、たったひとつだけ忘れられないクリスマスイブの想い出がある(≧∀≦)

   あれは、確か、大学4回生のことやから31年前か...

   当時、アルバイトを通じて知り合った女の子を好きになって、クリスマスイブの前日に思い切って、電話で「会って話がしたい」ってお願いしたんやけど...あっさり断られてしまった(≧∀≦)

    実は、翌日のクリスマスイブの日から、友達に紹介してもらった、長野県白馬五竜とおみのスキー場のレストランに1カ月ほどの予定でスキーを兼ねたアルバイトに行く予定にしてたの

で、しばらく顔を見ることが叶わないから会って欲しいとお願いをし、そして告白をするつもりでいたんやけど...その願いが叶うことはなかった(≧∀≦)

   翌日のクリスマスイブには、夜に梅田の確か、今のヨドバシカメラ辺りやったと思うんやけど、長野のスキー場行きの夜行バスに一人で乗り込んだ。乗り込んだは、いいけど...バスの中はカップルばっかり(≧∀≦)

    私の席は、一番前の運転手のそば...

    当時、どんなことを考えてたんかはもう忘れてしもたけど、話し相手もおらず「楽しいハズがない!」わな(≧∀≦)

     そんなんで、とっとと寝てしもたと思うんやけど、苦労はそれだけではなかった(≧∀≦)

     翌朝(とは言っても、まだまだ暗かったんやけど)にバスを降りて、重たい荷物とスキー板を担いで、JR大糸線の「神城」って駅からバイト先のレストランを探して雪道(しかも登り坂)

をテクテクと歩き出した。道の両脇は、レストランやペンションが立ち並んでて、それらを物色しながら歩いたんやけど...

なかなか、目的のレストランを見つけられずに往生して、ヘトヘトになりかけの頃に、灯りの見えたペンションに飛び込んで、目的地がどこか尋ねたと思う(≧∀≦)

   そしたら、目的地は、目と鼻の先、飛び込んだペンションの斜め前の建物であると分かり、その場にへたり込みそうな気分になったん違うかったかなぁ?

    気をとりなおして、目的のレストランの正面玄関(ゲレンデ側)に回り、ようやくたどり着いた(^^)

     レストランのオーナーの奥さんがニコニコしながら出迎えてくれて挨拶をした。綺麗な明るい性格の30台半ばくらいの人でなんかほっとした気持ちになったと思う...ちょうど、ゲレンデを見渡すと、朝日が昇り始めてて、とても綺麗な朝やったなあ〜(^^)

    レストランは、実は、オーナーが自身で設計したもの。コンクリート打ちっ放しの確か地下1階を含む3階建で、1階がレストランと厨房に裏手には食材の倉庫なんかのスペース。地下1階は、風呂場やら、スキー板のメンテナンスなんかを行なうスペースに、みんなが集まってくつろげる6畳くらいの部屋ががあって、2階部分が寝室やら、オーナーの仕事部屋があったん違うかったかなぁ❓随分と昔の話しやから、正確には覚えてないんやけど...😅レストランのフロアは、真ん中にペチカがあって、それを丸く囲むようにカウンター状のテーブルがあって、その周りの他のスペースには6人掛けくらいのテーブルがいくつか配置されてたと思う(≧∀≦)

テーブルと椅子は、赤と黒を基調としたものでイタリア🇮🇹から取り寄せたものと教えてもらったと思う。さすが建築家だけあって、インテリアにもこだわってはった。

    オーナーは、スキーのシーズン以外は、明石市の建築事務所で一級建築士として仕事をしながら、スキーのシーズンになると、家族で五竜とおみにやって来てレストランを経営しながら建築の仕事もこなし、空いた時間にスキーを滑るという、なんとも大変❓あるいは優雅な❓ような生活を送ってはった。オーナーのスキーの腕前はプロ級で、確か、教員の資格も持ってはって、一緒に滑った時には色々と教えてもらった^_^

    まあ、話し出すと長くなるけど、ここのレストランのバイトは、本当に楽しくて、色んな人達...高校生もいたし、もちろん大学生も同じ大学から他の大学の学生もいたし、社会人では、料理家を目指してアメリカで修行を積んでるとかいう人もいたし...実は2年続けてバイトに行ったんやけど、その間に色んな人達と出会い、事件❓エピソード❓もたくさんあって色んな思い出があるんやけど...長くなるから、その話しは別の機会にして、クリスマスイブの話しに戻ろう(≧∀≦)

   そうそう、初日にナイターで滑ったんやけど、その日は、静かでしんしんと粉雪が降り続いてて、とてもロマンチックな夜やった(≧∀≦)

   スキー場の夜の景色...

   ナイターの照明に水分の少ない軽い粉雪が静かに降りしきる夜...周りの樹木の枝は白く雪化粧されてて...

    本当に、おとぎの国に迷い込んだかのような綺麗な景色やったと思う(≧∀≦)

     そんな中、リフトに乗ってたら突然、山下達郎の「クリスマスイブ」がゲレンデに流れ出した...

    今でこそ、もうベタな曲になってしまったけど当時は、確か、JR東海のCMで、深津絵里やったかなぁ❓違うかな❓とにかく、個性的な女優さんが、恋人と離れるのか、どんなストーリーか忘れたけど、駅のホームで列車が走り去るのを見送るみたいなCMに使われてた曲で、まだまだ新鮮やった...

    その曲が流れてきた途端に、何故か目頭が熱くなってしもて...恥ずかしながら泣いてしまってた(≧∀≦)

     長くなったので、この辺で。

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2017.11.26(日) 音楽の話しの続き...その1 梅田阪急百貨店 Turry,s Coffeeにて

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 青島係長  

『事件は、会議室で起きているんじゃない❗️』『現場で起きているんだ❗️』

 係員A

『いいえ、違います❗️係長...』

『事件は、やっぱり会議室で起きていました…』

 

   今日は、11月26日の日曜日。24節気では、小雪(22日)を過ぎて大雪(12月7日)に向かうところ。

   今月の8日に、テニスのダブルスの試合中に左足の膝裏の靭帯を痛めてしまい、テニスはもちろん、ダンスもパーソナルトレーニングも出来ない状態で約3週間が過ぎた😿

    怪我をした翌日に整形外科に行き、MRIを撮ってもらったら、不幸中の幸いにも靭帯は切れてなく、半月板も損傷していないとのことやったんやけど…「完全に痛みが引くには今月いっぱいは掛かるでしょう」と言われてしまった。言われた通り、大分と痛みはマシになったようには感じるんやけど、未だ少し腫れてて痛みがある。本当は昼からダンスとテニスの日やねんけど…仕方ないから諦めることにして7時過ぎから1時間だけウォーキングに出かけることにした。

    今朝は、最後にウォーキングのコースを外れて、公園の内部に入り、少し散策をしてみた。

    もう寒さが沁みるからか❓今朝は遅すぎるのか❓人はまばらで、芝生の上のベンチに座って何やら考え事をしている、老人と呼ぶにはまだ少し若い男性と、大きな木の幹に足をかけて、脚の腿裏のストレッチをしてはる少しイカした感じの高齢の女性くらいしか目に入らなかった。でも、なんか素敵な風景やなと感じた…

    大学生の頃に、友達と旅行で訪れたカナダのトロントという町の朝の風景に少しだけ似てるように感じたからか…もちろん、昆陽池公園トロントの町の美しさには程遠いんやけど、白鳥に、カモ🦆やらユリカモメなんかの水鳥がいてて、芝生の広場もあるし、木々の緑も豊かで...確か、トロントの町を散策してる時に、「現役をリタイアしたら、こんな綺麗で静かな町で余生を過ごせたらいいなぁ〜」って思ったと思うねんけど、「昆陽池公園でも充分か⁉️」って思った(≧∀≦)まあ、今は母親と一緒やから、一人になっても伊丹に留まるかは分からんけど...

    それは、そうと...冒頭に少し書いたけど...「長いこと生きてたら、色んな事件が起きるなぁ(≧∀≦)」って思わされることが、2週間前くらいにあってんけど...

   まあ、そのことにはあまり触れん方がいいかな(≧∀≦)

    実は、2日前の11月24日は、父親の月命日。もう亡くなって11年が経つから父親の想い出について書いても良かってんけど...それは、またの機会にすることにして、ずっと書かな、書かなって気になってた音楽の話しの続きを書こうと思った(^^)。

   私がSAXという楽器に出会ったのは、確か中学生の頃やったんかなぁ❓吹奏楽部の友達の家に遊びに行った時にアルトサックス🎷で、ザ.スクエアの「遠雷」という曲を吹いてくれたんが一番最初の出会いやった。私は、当時、テニス部に所属してて、楽器とは無縁やったし、もともと体育系は好きやったんやけど、楽器の演奏とか、美術なんかの芸術系の学科は苦手やったから縁ないわって思ってたんやけど...友達が吹いてくれるのを聴いて、一発で気に入ってしまったと思う(≧∀≦)

   ただ、その時は、自身でやってみようとまでは思わなかった。でも、その後、ずっと頭の隅に残ってて、「いつか自分も吹いてみよう❗️」

と思ってた。そして、今の市役所に就職してすぐに、同期の女の子に付き添ってもらって、神戸の元町にあるYAMAHAに楽器を買いに行った^_^  買ったのは、YAMAHAのYS62という型番のアルトで、新古って言うのか?展示品を割安に買った。そして、梅田の今のHEPファイブ辺りにあった、YAMAHAのスクールに習いに行ったんやった...

     長くなったから、今日はこの辺で...この続きは近いうちに書こうっと😌

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2017.11.4(土) 12;11 西宮北口駅構内 TuLLY's Coffee にて

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『自分にとって「一番正しい選択」は身体が知っている。』

    ニーチェは、精神と肉体とを分けて、前者を優位とみなす西洋哲学の伝統的な立場を否定し、「身体」こそ理性である、と説いた。

  「本当の気持ち」は身体に宿る。

   心よりも、身体に耳を澄ませることで、人間は「本当にやりたいこと」に気づけると考えたのだ。           

                     「マンガで分かる  ニーチェ」より                                                                                                 

   今日は11月4日(土)。昨日が「文化の日」で3連休の真ん中や。二十四節気でいうと3日後の11月7日が「立冬」。いよいよ暦の上では冬という時期に近づいた。先週と先々週の土日は、珍しく連続で21号、22号と台風が続いて雨ばかりやった(≧∀≦)。おかげで朝のウォーキングもテニスもできなかったのでストレスが溜まってたんやけど、昨日から気持ちよく晴れてくれ、風もなく穏やかな好天気に恵まれたので昨日は昆陽池を2時間かけて、歩いたり走ったりを繰り返した。でも、前から痛めてた左足の膝裏の筋が痛み出したので、今日は無理をせずに、ジョギングはやめてウォーキングを1時間だけに留めておいた。昆陽池の緑も、紅く色付き始めてるものもあり、なかなかの風情(^^)。

ウォーキングには、もってこいの季節になった。

   今日は、朝食は簡単にササット済ませて、6時頃から歩き出し、1時間ほどで切り上げ、帰ってきてからはシャワーを浴びたり、コーヒーを飲みながらテレビのyoutubeでロジャーフェデラーの動画を見たりウダウダしてからイオンモールにワイシャツを預けて13時からの西宮北口でのパーソナルトレーニングの前に、駅構内のTuLLys Coffeeでブログの更新をすることにした。

   それで、今日は、昨日、奈良の100年会館に観に行った「Jazz  Bank」っていうダンスのイベントについて書こうと思った^ - ^。

   ダンスは、去年の6月に始めたんやけど、イベントを観に行くのは今回が初めて。自分の師匠も3人、出演しはるので楽しみにしてた。17時会場で、17時半から21時まで24組ほどのダンスチームが、3分から4分くらいの持ち時間で演技しはるんやけど、17時半ギリギリに会場に到着したら、とても大勢の人が列を作って並んでた。17時開場違うん⁉️って思いながらも仕方なく、大勢の女の子たちが並ぶ列に私も並んだ(≧∀≦)

   まあ、予想はしてたけど、女性が圧倒的に多くて、しかも若い子がほとんどやから華やかというかみんなそれぞれ個性的なファッションに身を包んでオシャレして来てはるから、独特な雰囲気に包まれてて、「なんか、俺って場違いな所におる❓❓」って少し居心地の悪さを感じてた(≧∀≦)

   「 誰か知り合い、おらんかな❓」ってキョロキョロしてたんやけど、2人の師匠と挨拶を交わしただけで、他は知らん人ばかり。なおさら孤独感が募った(≧∀≦)

    仕方なく、自分の席の隣はいつも一緒にレッスンを受けてはる人なんは知ってたから期待していったら、席は空いてて、まだ来てはれへん(≧∀≦)     「俺って、とことんいつでも孤独なんやわ...」って少しセンチメンタルな気分に...

    開演まで間があったので、ホールの入り口付近をウロウロしてたんやけど、誰も知ってる人はおらんかった(≧∀≦)

  _    _ただ今、18:41。今からダンスやからこの続きは後で...                _      _       

    ただ今、21:36   ダンスのレッスンが終わって、阪急梅田駅の8番線のホームや。いつもの通り、東通り商店街を抜けて来た。ダリルホール&ジョンオーツの「Adult  Education」を聴きながら、すれ違う人たちを観察しながら歩いた。少しひんやりとした風が、ダンスで熱を帯びた身体に心地いい^_^

   すれ違う人たちを観察しながら、当たり前やけど、「みんなそれぞれやな...色んな人がおるな...それぞれに人生があって、その数だけ物語があんねんな」なんて感じた。

    それと、3連休の真ん中の土曜日のせいなんか、割に浮かれて楽しそうな人たちも多い気がした。なんか自分だけ冷めてて、浮いてしまってるような違和感を感じつつ、「日本人てほんまに平和ボケしてるん違うん?」つい、先月の衆議院選で自民党が圧勝して第4次安倍内閣が発足してしもたけど、「これでほんまにええん?」なんて感じた。でも、これまた、そんなことを考えてる自分が、周囲とズレてる気がして...まあ、話し相手がおらんから一人でつまらんことばっかり考えてしまうんやろう(≧∀≦)

   それより、Jazz  Bankの続きを書こう。

   結局、知り合いを見つけられずに自席に戻って開演を待った。そして、18時少し前くらいに開演した。

   ダンスをショーとして、観覧するのは初めてやけど、「凄い!」と思った(≧∀≦)

    現役のプロのダンサーが踊るねんから当たり前やねんけど普段のレッスンでは見られへんようなレベルの高い踊りに圧倒された。「身体一つで、こんなにも表現出来るんや(≧∀≦)」もちろん、みんな身体は鍛えてはるから、身体の線は綺麗ねんけど、それ以上に複雑な振り付けを、物凄いキレのある動きでこなしていきはるのを観てで圧倒されてしもた...

  衣装の他、   それぞれ、色んな演出がされてて個人的には、バレエの要素を取り入れて、ステージの端から端までダンサーがダイナミックに踊り抜けるようなもの、あるいは、ストーリー性があって黒衣装に身を包んだ1人が、他のダンサーをまるでマリオネットを操るように動かすような演出が施されたもの、男性のペアで、曲にQueenの「ボヘミアンラプソディー」を使ってたものなんかが気に入った(^^)

   やっぱり、身体も鍛えておかなあかんなぁ〜

    筋力も大事やけど、柔軟性も大事やなぁって、身体の固い私は改めて思った(≧∀≦)

    それと  「  頭が良ければそれでいい」って考え方は嫌やなぁ〜(≧∀≦)

    なんぼ頭が良くても使い方を間違えたら意味ないし、自分が頭ええから言うて、他人を見下したり蔑んだりする人って最低やと思うし...

    ほんまに頭のいい人は、決して偉そうにしいひんもん。頭がいいんやったら、それを他人を助けるために使ってナンボ違うん?

    とにかく、頭も身体も一体。頭だけが良くてもアカン。バランス良く両方とも大事にせなアカンて改めて思った。

  「自分にとって一番正しい選択は、身体が知っている。」というニーチェの指摘の意味は、もう一つよう分からんけど、要は「頭がいいだけではアカンで❗️」ってニーチェも言いたかったん違うんかな?

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2017.10.7(土)18;20 ダンスのレッスン前に。whity梅田subwayにて…

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   今日は、10月7日。二十四節気でいうと明日の8日が寒露ということで、朝晩の冷え込みがはっきりと感じられる節気ということやけど、今朝は、そんなに冷え込みは感じなかった。

   今朝は、5時に目が覚めて3連休の初日ということもあり、朝食を食べてから昆陽池ウォーキングに行くぞー!と勢い込んで早速に、朝食の準備をした。

   今朝のメニューは、いつもの玄米と白米を混ぜたご飯に、納豆、秋刀魚の干物を焼いたもの、しじみの味噌汁にチアシード入りヨーグルト。秋刀魚の焼魚には、いつも大根おろしとポン酢、すだちをかけて食べるんやけど、大根おろしとすだちを切らしていたので、ポン酢と柚子胡椒で食べてみたら、これが結構いけたので、これでまた朝の楽しみが増えた気がした。

   朝食を済ませて、コーヒーを飲みながら玄関を開けてみたら、あいにくの雨。昨晩から降り続いてたんやな…でも、小雨で、そんなにきつい降り方ではなかったので、「少しくらい我慢したらいいわ!」

ってスポーツパーカのフードを被って歩き始めた。もちろん、iphoneを持って音楽を聴きながら…

   曲は、最近、ダンスを通じて知り合った女の子に教えてもらったジャスティン・ティンバーレイクの「can't stop the feeling!」って曲を流しながら歩き始めた。「なかなか、いいやん!」って思いながら歩いてたんやけど...雨が強くなってきたので、慌てて引き返した(≧∀≦)

  「  仕方ないなぁ〜」と思いつつ、シャワーを浴びて、しばらく様子を見よかなと思い直して、台所の片付けと洗濯をすることにした。

    ただ今、pm9時45分。ダンスが終わって、電車の中。さあ、続きを書かな(≧∀≦)

    洗濯物を干して、you  tubeで、ジャスティン・ティンバーレイクの動画を見ることにした。これも教えてもらった曲、「strawberry bubble  gum」って曲の動画を探してみてんけど...なかったので諦めた(≧∀≦)

     テレビを消して、玄関に出てみたり、ソファに寝転がったりウダウダしててんけど...

      しばらく、そんなことをしてたら、雨が弱くなってきたので、思い切って昆陽池ウォーキングに出かけた(^-^)v

    歩きながら、色んなことを考えたんやけど...

先ずは「習慣」について考えた。 

    試し出勤をしてた頃に買った「自分を変える習慣力」という本を読んで勉強したんやけど、ほんと、「習慣」の力って凄いと思う。もちろん、悪習は絶って、善習を増やすんやけど、私の場合は、悪習は、喫煙と飲酒やった。

    両方とも絶って1年半ほどが過ぎて、今は、まったく両方とも欲しいとは思わん。

    それから、「善習」は、「朝の早起き」、

「ダンスを習うこと」、休日の早朝ウォーキング、「通勤時間を利用しての英会話学習」、そしてこの「ブログを書く」ことや「絵を描くこと」など...いまのところ、去年から続いてるし、どれも楽しみながら出来てる。最近は、これにテニスや筋トレも加わりつつある。

     とにかく、無理してとかイヤイヤとかではなく楽しみながら続けるのがコツと違うかな?

    当たり前にやってる感覚。それをせんと「なんか落ち着かん ...」っていうレベルまでもっていけたら勝ち違うんやろか?

    早朝ウォーキングも全部歩くのではなく、全体の四分の一位の距離をジョギングに置き換えてみよう!と、これも最近、見つけたデミトリヴェガス&ライクマイクの「complicated」っていう曲を聴きながら突然思い立ち、早速に始めてみたら意外や意外、「ゆっくりのペースやと結構走れるやん❗️」と思って、それから続いている(๑˃̵ᴗ˂̵)好きな音楽を聴きながらやし、ゆっくりのペースやと、結構走れるもんなんやなと改めて思った(^-^)v   なので、少しずつ、少しずつジョギングの距離を伸ばしていこうと思った(^-^)v

 「考え方が変われば行動が変わる。」

「行動が変われば習慣が変わる。」

「習慣が変われば性格が変わる。」

「性格が変われば人格が変わる。」

「人格が変われば人生が変わる。」

とは、かの松井  秀喜選手が、高校時代の監督から贈られた言葉らしいけど、その通りかも知れんと思ったm(__)m

   それから思ったのは、「やっぱり集中力って大事やなぁ...」ってこと。あれだけ苦手やった絵を描けるようになったんも、ダンスやウォーキングで体力がついたおかげで集中力が増したからやと思う(≧∀≦)  絵を描くという作業は、被写体をよく観察せんとあかんから、集中力がないと無理...逆に言えば、体力と集中力さえつけば、誰でもそこそこ描けるようになるんやと思う(≧∀≦)

    いずれにしよ、これらのことは、ダイエット然り、能力開発の仕方然り、色々と本で勉強しては試行錯誤して、もがき苦しんで自身で導き出した結果...これだけは、自信を持って言っていいと思う(≧∀≦)

 「真理とは、もがき苦しんだ者にだけ到達出来るもんと違うんやろか?」

    あのブッダも、「苦行」の末に、その無意味さを知り、悟りを開いたんだとしたら、「苦行」は決して無駄ではなく、むしろ「悟り」を

開くためには必要悪やったんやろなって思う(≧∀≦) 

   自分をブッダに擬えて考えるなんて、身の程知らずというかおこがましい気もするけど、「まっいいか(^-^)v   何を思おうと自由やし、誰にも迷惑かけてへんねんもん...」

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2017.9.24(日) そして再び...

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「人生の途上で起きることすべては、必然。一切を受け入れて行く必要がある。なぜならば、それが人間の人生だからだ。」

                   「マンガで分かるニーチェ」より。                       

    今日は、9月24日。昨日が秋分の日やから、いよいよ本格的に秋を迎えることになる。

   今朝は、5時半に目が覚めたけど...

   昨日受けたパーソナルトレーニングダンベルを持って大股でランジの姿勢をとりながら歩かされたのと、細かく振動するマシンの台座の上で重りを持ちながらスクワットさせられたんが効いたんか、太腿から脹脛にかけて軽い筋肉痛というか怠さを感じる(≧∀≦)。

   それでも、やはりもう習慣になってしまったので昆陽池ウォーキングに出かけた。「朝食を済ませてからにしよかな?」って少しだけ躊躇ったけど、日が完全に昇りきるとまだまだ暑いので、少しでも気持ちの良い涼しい空気を求めて出掛けた。

    今日は快晴で、風もなく穏やかな朝やったなあ〜😊

    気持ち良くて、途中、西野カナの「私たち」を聴きながら大声で歌って歩いてたら、通りすがりのおじいちゃんに、変な目で睨まれたけど、そんなことは意に介せずに唄い続けた(^ν^)まあ、私にとっては、昆陽池がカラオケ場みたいなもんなんで...

    1時間半ほど歩いて、家に帰ってシャワーを浴びてから朝食にした。今日のメニューは、玄米と白米を2対1の割合で炊いたご飯に、納豆、鯖の塩焼き、アサリの味噌汁にヨーグルトにチアシードを混ぜたもの。最近は、この組み合わせが朝の定番になりつつある(≧∀≦)

     朝食を済ませてから台所の洗い物をして、トイレ掃除に、リビングと奥の和室に掃除機をあててからイオンモール昆陽に晩飯の材料と明日の昼の弁当用にバゲットを買って帰宅。

    それから忙しなく、ダンスに出掛ける準備をした。

    いつもは1時間のレッスンを2本受けるんやけど、今日は、17時から3時間、テニスの予定を入れたのでダンスは、14時から15時までにしてその後テニスの会場である尼崎の西長洲町にあるスポーツセンターに向かった。

    ただいま、16時58分。今からテニスやから、この続きは後で...  

    テニス終わった〜。ただいま、20時48分。阪神尼崎駅の宝塚行きのバス停前。虚しく、目の前を宝塚行きのバスが出発してしもた(≧∀≦)

    信号待ちしてるのと鉢合わせになって思わず運転手を見つめたんやけど、腕でバツされた(≧∀≦)

    ついてないなぁ〜m(__)m仕方ないから次のバスを待ちながら続きを書くことにした。

    そうそう、テニスは、先々週から尼崎のテニスショップが主催してるサークルに参加させてもらってる(^-^)v

     今日は、17時から、コート3面で20人位かな?で1時間練習と2時間は交代でダブルスの試合をした。交代とはいえ、結構走り回るから、私には少しハードに感じた(≧∀≦)

    試合中に何回か転んでしもて気がついたら左手のひじを擦りむいて血が滲んでるm(__)m

    うわー(๑˃̵ᴗ˂̵)、今バスの中やねんけど、私の右斜め前方の座席にメチャクチャ綺麗な女の人が座ってる...(//∇//)しかも、なんか楽器を抱えてはる❗️何の楽器やろー?サックスにしてはケースが小さ過ぎるから、フルートかな?二胡とかかな?それにしても、こんな綺麗な女の人、久しぶりに見たなあ〜(//∇//)  でも眠いみたい...ウトウトして、目がトロンとしてはる...オリーブグリーンのシャツに白のスカートにグレーのランニングシューズみたいなん履いてはるけど上品な感じやなぁ(*≧∀≦*)健康的な小麦色の肌に瓜実顔で、少し鉤がかかった高い鼻筋がスーッと通ってて、黒い髪は後ろで束ねてポニーテールにしてはる(//∇//)

    若い頃の、浅野優子に似てるんかな?

   もう完全に寝てはるわ...よっぽど疲れてはるんやろな〜

   話しが逸れた(≧∀≦)。

   今日のテーマは、再会。実は、一昨日の金曜日の夕方に、昔の部下、私にとって最初で最後の部下やった男に再会した。

   部下言うても、彼の方が職場は古かったし、抜群に優秀な男やったから私は全く頭が上がらんかったけど...

    彼は、4年前に職場を辞めてた。私が休職中で知らない間に別れの挨拶のメールが来てて、メールを見つけた時にはビックリしたし、優秀な人やったから上司とケンカでもして辞めることにしたんかな⁇とか、実はとても気になってたんやった(≧∀≦)

    ところが、職場が同じやった別の人に彼が弁護士になってることを聞いて、またもやビックリさせられたんやったm(__)m

    なんか、一緒に働いてた頃は、「僕は、夜、遊ぶんです(^-^)v」とか言ってて、男前やし女の子にもモテるやろから「夜の蝶なんやろなぁ」って真に受けてたら実は、仕事が終わってからロースクールに通ってたんやな(≧∀≦)

  「完全にやられた..」って感じやけど、彼らしいと言えば彼らしいm(__)m

    スポーツマンで、頭が良くて、男前で、しかも性格も良いときたらもう完璧です(*≧∀≦*)

    そんな彼を、神戸三宮の中心街から、海側に少し外れた旧居留地にある落ち着いた雰囲気の事務所に訪ねた。とても重厚な感じがして「昭和の時代?大正ロマン?」を思い出させるレトロな雰囲気の建物の2階の事務所に彼は居た。インターホンを鳴らすと、これまたとても綺麗で上品な感じの女性が応対してくれ、彼はすぐに来るからと応接室に通してくれた。

   女性が入れてくれたコーヒーを飲んでいると彼が現れた。「お久しぶりです。」とてもにこやかに、落ち着いた口調で彼はそう言った。

   私は、本当に嬉しかった。ずっと気になっていたけど、「彼に会うことはもうないのでは?」と思っていたから。頼もしい仲間が、また1人増えた気もしたし、昔の同僚に再会できるのって本当に嬉しい(o^^o)

     彼は、紺の三揃のスーツを着て、胸には弁護士のひまわりバッジをちゃんと付けてはる。(当たり前か...)  (^_^;)

   もともと、スポーツマンやけど、今もスリムな体型はそのままに維持してやった。ライオン丸みたいなロン毛も当時のまま。変わっていたのは、つい最近、沖縄に遊びに行ったらしく日焼けしてたこと位かな?

  「人は見た目が9割」とか最近では言ったりするそうやけど、確かにあれだけピシッとされたら「頼り甲斐がありそう❗️」って思ってしまうわな。。。

    ほんでやっぱりスポーツマンは、優しかったり、礼儀正しかったりするから信頼できるし。。。

    彼とは、昔話やお互いの近況報告をし合って、今、少し気になっていることについて相談に乗ってもらった。

    あっ、そうそう、彼にこのブログや、描きためている絵やダンスの動画、普段持ち歩いているノートなんかをを見てもらったら、「忙しいですね…一体、何を目指してはるんですか?」と問われた。

     そんなことを聞かれても…

     返答に困ってしまった。何を目指しているわけでもないんやけど...残りの人生の時間を悔いの残らんようにって思っているだけで…

      ニーチェが言うように、「人生の途上で起こることは全て必然」であるならば「人との出会いも然りなんやろうなぁ」って思った。神様がおるんかどうかは知らんけど、何か目に見えない力が働いていて、「お前は、このタイミングでこの人と会っておきなさい」って采配されているような気がする…

    だって、休職してアルコール依存症に陥っていた時には、今の主治医や保健師さんに出会って助けてもらい、去年の年末には一番最初の尊敬する上司と再会を果たし、今年に入ってからは、昔、同じ職場やったり、世話になった先輩方たちとも合流し、7月には、もう会うこともないやろうって思ってた大学のテニスサークルの同期たちとも再会出来た(^_-)

    そして今回は、私にとってたった一人の部下だった男とも再会できたんやもん。。。

     きっと何か、大きな目に見えない力が働いてるん違うんやろか⁈

    長くなってしまったので、今日はこの辺で…

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2017.9.9(土)午後13時55分 梅田阪急三番街上島珈琲店にて…

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  今日は、9月9日(土)。二十四節期では、白露(9月7日)を過ぎたところ…

  朝晩は、かなり過ごしやすくなったけど、日中はまだまだ暑い😳でも空気は、カラッとしてる気がする…

   午前11時に予約した西宮北口パーソナルトレーニングのジムでのトレーニングを終えて、いつも昼間のダンスのレッスンの前に行く「汐屋」っていう居酒屋に向かった。ここのランチメニューにある、ローストビーフ丼が量、味ともに気に入ってて軽く平らげてから、「絵を描く練習のための良いテキストがないかな?」と思って紀伊國屋に寄ってみた。そして「スケッチ・イラストのための風景描写上達テクニック」(マール社  トゥルーディ・フレンド著  倉田ありさ・能勢佳那子訳)という本を見つけた。

    絵を描くことには大分慣れてきたとは思うんやけど、基本的なデッサンの技術を勉強してみたくて、良い本を探してたところやった。

    まあ、風景画の水彩画用のテキストみたいやけど...デッサンの構図の取り方や遠近法やら色の配合の仕方とか基本的なことは、どの本でも同じやろから良し👍としとこか(^-^)v

    紀伊國屋を出て、阪急三番街の地下街を喫茶店を探しながら歩いてたら南館の地下1階に上島珈琲店を見つけた。インテリアの趣味が良さそうだったのと店内の雰囲気も良さげだったので早速に入店。

   アイスコーヒーの豆乳割を頼んで、ブログの更新とこれも昨日に購入した「史上最強の哲学入門」(飲茶著)っていう本を読もうって思ったんやm(__)m

   それから、そうそう先日、うちのマンションにもようやく光ケーブルが入ったので、イオンモール昆陽にあるソフトバンクSoftBank airっていう光回線の契約をしに行ったら、月々の固定電話代が3000円位安くなって、その分でiPadの最新型が持てるという。

    話を聞いてみたら最近はタブレットをノートパソコン替わりに使う人が増えてるらしく、今回借りれるのもかなりの人気機種との説明。

  そう言われたら、これまでと同じ料金で動画やらを大きい画面で見れたり、キーボードを買えばノートパソコン感覚で文章を作れたりするのって有難いなあ〜思って契約したんやった。

    そこで、早速、楽天市場でキーボードを購入してブログを更新するのに使おうと思った(^-^)v

     そして、何を書こうかと言えば、前から思ってたんやけどアルフレッドアドラーの言葉で私が気に入ったものを挙げてみようと思った(_ _).。o○

   ほんと、「嫌われる勇気」という本には、これまでの私の価値観をひっくり返されたし、随分と精神的に楽にしてもろたから、こうやってブログに書きながら改めて噛み締め直せば、なおさら身に沁みるん違うかな?なので、早速公開(^-^)v  

     (以下の言葉は、岸見  一郎著  「嫌われる勇気」より) 

『答えとは、誰かに教えてもらうのではなく、自らの手で導き出していくべきもの』

 

『大切なのはなにが与えられているかではなく、与えられたものをどう使うかである。』

 

『過去に原因を求めてはいけない。トラウマを否定せよ。人は過去の原因に突き動かされる存在ではなく、なにかしらの目的を達成するために動いている』

 

 『優越性の追求」とは、自らの足を一歩前に踏み出す意思であって、他者よりも上を目指さんとする競争の意思ではない。』

 

『人生は競争ではない。誰とも競争することなくただ前を向いて歩いていけばよい。他者と自分を比較する必要はない。』

 

『健全な劣等感とは、他者との比較の中で生まれるのではなく、「理想の自分」との比較から生まれるものである。』

 

『われわれは「同じではないけれど対等」である。人は誰しも違っている。その「違い」を、善悪や優劣と絡めてはいけない。』

 

『われわれは他者の期待を満たすために生きているのではない。』

 

『他者の評価を気にかけず、他者から嫌われることを恐れず、承認されないかもしれないというコストを支払わない限り、自分の生き方を貫くことはできない。』

 

『普通を拒絶する人は、おそらく「普通であること」を「無能であること」と同義でとらえているのでしょう。普通であることは無能なのではありません。わざわざ自らの優越性を誇示する必要はない。』

 

『人生とは、連続する刹那である。われわれは「いま、ここ」にしか生きることができない。われわれの生とは、刹那の中にしか存在しない。』

 

『人生一般に意味などない。しかし、あなたはその人生に意味を与えることができる。あなたの人生に意味を与えられるのは、他ならぬあなただけだ。』

 

『あなたがどんな刹那を送っていようと、たとえあなたを嫌う人がいようと、「他者に貢献するのだ」という導きの星さえ見失わなければ、迷うことはないし、なにをしてもいい。嫌われる人には嫌われ、自由に生きて構わない。』

 

 『馬を水辺に連れていくことはできるが、水を呑ませることはできない。』

 

『誤りを認めること、謝罪の言葉を述べること、権力争いから降りること、これらはいずれも「負け」ではありません。』

 

「あなたが変われば、周囲も変わります。変わらざるを得なくなります。アドラー心理学とは、他者を変えるための心理学ではなく、自分が変わるための心理学です。他者が変わるのを待つのではなく、そして状況が変わるのを待つのではなく、あなたが最初の一歩を踏み出すのです。

 

『われわれは「これは誰の課題なのか?」という視点から、自分の課題と他者の課題とを分離していく必要がある。』

 

『およそ、あらゆる対人関係のトラブルは、他者の課題に土足で踏み込むこと、あるいは自分の課題に土足で踏み込まれることによって引き起こされる。』

 

『「仕事」とは、会社で働くことを指すのではありません。家庭での仕事、子育て、地域社会への貢献、趣味、あらゆることが「仕事」なのであって、会社など、ほんの一部にすぎない。会社の仕事だけしか考えないのは、人生の調和を欠いた生き方である。』

 

『役割として「教える側」に立っている人間が、「教えられる側」に立つ人間のことを敬う。尊敬なきところに良好な対人関係は生まれず、良好な関係なくして言葉を届けることはできません。』

 

『尊敬とは、その人が、その人らしく成長発展して行けるよう、気遣うことである。』

 

『目の前の他者を、変えようとも操作しようともしない。何かの条件をつけるのでなく、「ありのままのその人」を認める。これに勝る尊敬はありません。そしてもし、誰かから「ありのままの自分」を認められたなら、その人は大きな勇気を得るでしょう。尊敬とは、いわば「勇気付け」の原点でもあるのです。』

 

『自分の価値観を押し付けようとせず、その人が「その人であること」に価値を置く。さらには、その成長や発展を援助する。それこそが尊敬というものです。他者を操作しようとする態度、矯正しようとする態度には、一切の尊敬がありません。』

 

『われわれは過去の出来事によって決定される存在ではなく、その出来事に対して「どのような意味を与えるか」によって、自らの生を決定している。』

 

『これまでの人生にどんなことがあったとしても、これからの人生をどう生きるのかについて、なんら関係ない。自分の人生を決定するのは、「いま、ここ」を生きるあなたなのだ。』

 

              以上。長くなったのでここまでm(__)mf:id:kazu7804:20170910131013j:image