中林一仁

2018.8.1 急がす、焦らず、気持ちの赴くままに...


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    ただ今、午後の6時45分。阪神尼崎でのキックボクシングを終えて、梅田のダンススタジオに向かう電車の中。

    前回の更新から、やっぱり2ヶ月経ってしまった(≧∀≦)

    気にはなってたんやけど、何を書けばいいのやら...

     悩んでも、いいアイデアは浮かばないので、ここは、開き直って、気の赴くままに、思い浮かぶことを書いてみようと思った。

     今日は、8月1日。24節気では、大暑(7月23日)と立秋(8月7日)のちょうど中間あたり...でも、このところ連日、さいこう気温が35度以上の猛暑日が続いている。

     今年は、6月18日に、震度6弱地震が発生して、たまたま、エレベーターの中に居た私は、揺れだした瞬間に、阪神大震災のことが頭をよぎって、本当に冷やりとした...たまたま、平成9年以降に設えれたエレベーターらしく緊急停止してドアが開いてくれたから閉じ込められずに済んで本当に良かった(;_;)でも、「地震です!地震です!」ってエレベーターが喋りだしたんには、少しビックリした(;_;)

   ただ今、夜の10時1分。ダンスのレッスンが終わって、電車の中🚃。ひと足違いで、通勤急行に乗り損ねてしもた(≧∀≦)

   さてさて、続きを書こう(;_;)

   地震があって、ヒヤリとしたと思ったら、7月5日から8日くらいまで、西日本豪雨に見舞われた...豪雨による災害としては平成になってから最悪とのことで各地で甚大な被害(特に広島と岡山が酷かった)が出た(≧∀≦)  

   個人的には、あんなに何日も降り続く雨は、初体験(;_;)阪急電車まで急に運休になってしまい、病院へ肝臓の検査に向かう途中に塚口駅で立ち往生してしまッたんやったけど、家族を失ったり、家を流されたりした人たちに比べれば、そんなことは大したことではない(≧∀≦)

    そして、西日本豪雨が終わったら、今度は連日の猛暑(≧∀≦)7月23日には埼玉県の熊谷市で41.1度という観測史上最高気温が記録されたとのこと。

     本当に、今年の天候は、かなり異常やと思う(;_;)地球温暖化の影響かな?日本の気候も熱帯化してるのか⁇

➖  ➖ ➖      休憩(^ν^)    ➖   ➖  ➖

ここで少し休憩して、ミニギャラリーをやろう(#^.^#)枚数は少ないけど、前回から新しく描いた絵を公開!

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以上(;_;)。なかなか、1枚を仕上げるのに時間がかかるし、まだまだ下手なので、なんとなく気が引けるけど...まあ、よしとしておこう(;_;)

 

さてさて、ここからは心の赴くままに...

日々の通勤風景...

   いつもと同じバス、電車、いつも乗り込む車両、いつも座る座席、見慣れた乗客、いつもの顔...

   復職してから、もうどのくらい同じような風景を見てきたのかな?

   考えようによっては、没個性的?画一的?なような生活スタイルにも思えるが、その反面、規則正しい生活が送れているという証になるような気もする。

   気になる乗客がいる...

  anerroのリュックをいつも背負っている女性...

   (何か、いつもテトリスみたいなスマホゲームをしている。色白で細身。美しい顔...)

  靴👠の商品企画をしていそうな女性...

  (以前、座席に座りながら、乗客の中の一人の靴のデザインをノートに写し取っていた...)

  (靴の商品企画書みたいな書類に目を通していた。)

  (姿勢が良い。服装のセンスが良い。色白で肌も綺麗。細身でスタイルが良い。歩くのがとても速い...きっと、何かスポーツをしていたか、今もしているに違いないと思う(;_;))

 

孤独について...

   異端と言われたことがある。人と違うことをすると言われる。いつも孤独なので、本と音楽が友達のようなもの。誰も何も教えてはくれないので、本を頼りに知識を得て自分なりに考えて行動するしかない。なので、行動が独創的(他人と違う)になるのは当たり前。人は孤独にならないと自分の頭で考えることをしないのでは?

 

「大切なのは何が与えられたかではなく、与えられたものをどう使うかである」...について

    これは、容姿や才能、能力等、自身の属性に関わるものだけではないような気がする...

    例えば、子供👶に、LEGOブロックを与えたら何を作るか?折り紙とハサミ✂️を渡したら何を作るか?画用紙とクレヨンを渡したら何を描くのか?まさしく、与えられたものをどう使うかは、子供の創造力次第...

   結果、何が出来たかは、そんなに重要ではなく、新しいものを創り出す過程、プロセスが実はとても大事で、そういう訓練を繰り返すことによって自由な発想が身につくんやと思うんやけど...

メンタルヘルスと作業について...

   スポーツ、芸術、家事、なんでもいいけど、作業に集中することで、心のストレッチになるような気がする。→嫌なことを忘れられる。

   要するに、運動や目の前の作業(今ここ❗️)に集中することはメンタルヘルスの面からみても良いことのように思う。

                                  以上、今日はここまで...

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2018.6.2(土) 過去、未来にとらわれず「今」ここを生きる。仏教における-苦-とは?

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  今日は、6月2日の土曜日。ただ今、午前9時2分。かかりつけの心療内科のクリニックのロビーで書いている。

  今日は、24節気では、「芒種」が6月6日ということなので、その4日前ということになる。「芒」とは、イネ科植物の穂先にある毛のような部分のことで、イネなどの穀物の種を蒔く時期という意味だそう...気象庁のデータを見ると、関西の梅雨入りは、だいたい例年だと、6月7日くらいみたいなので、来週あたりには梅雨入りするのかな(≧∀≦)

   梅雨は嫌やなぁ〜蒸し蒸しするのは、ほんと辟易するし、テニスやウォーキングが出来ないしで...

   幸い、今日と明日は、天気が良さそうなので、明日はテニスを頑張ろう🎾

   ブログを書くのも、ずっと滞ってしまって、前回の更新から、2ヶ月も経ってしまった(≧∀≦)

   生活そのものは、相変わらず、ダンスや、ウォーキングも続けているし、絵を描く練習も、少しずつやけど続けている。最近は、クロッキーといって、雑誌に載っている人物の写真を、素早くコピー用紙に鉛筆で描き写す練習をしている。通っている絵画教室の先生によると、そうやって、何枚も何枚もたくさん、描き写す練習を繰り返しながら、ダメなところを修正していくことによって、身体の各パーツの比率を取るのが上手くなっていったり、素早く形を捉えることが出来るようになるそう。個人的には、手の指先の形や、顔の目や唇を描くのが難しくて往生してるねんけど...これも、反復練習で慣れていくしか仕方ないんかな?

   それから、先々週から、キックボクシングも始めた^_^

   目的は、さらに身体を絞って、体脂肪率を下げたいのと、心肺能力の向上。

   手にグローブをはめて、ミットを持ったトレーナー相手にスパーリングをすると、かなり息が上がってキツイ(≧∀≦)時間にして、2分くらいかな?を2〜3ラウンドするんやけど、かなり心肺能力の向上が期待できそう^_^

   今、10時43分。クリニックの診察が終わって、これから阪神尼崎のキックボクシングのジムに向かうところ...

   今日は、クリニックの先生に相談したこととも関連するけど、今、自身が悩んでること、そして、仏教における「苦」とは何か?について調べたことを書いてみようと思った(≧∀≦)

  以下は、今日、主治医宛に書いた手紙からの抜粋。

「これは、昔から思っていたことなのですが、私は非常にメンタルが弱く、ストレスにも弱いと思います。特に他者からの自分に対する誹謗中傷、嫌がらせ、敵意等については過敏すぎるくらい、まともに受け止めてしまって、結果、頭の中がそのことで一杯になってしまい、動悸や、食欲不振、過呼吸などの身体症状、鬱病の症状を呈してしまうことがこれまでに多々ありました。

                      ー途中省略ー

    しかし、日曜日の夜くらいから、そうやって、他者から嫌われたり、嫌がらせを受けたりするのには、自分にも責任があるのでは?と思い直しました。他者が、そういう態度を取るのには、当然ながら何らかの理由があるはずです。「ひょっとすると、自分には、人の感情を逆なでしてしまうような何かがあるのかもしれない?」と思いました。でも、それが何なのか未だに分かりません。確かに私は人があまりしないことをしているかもしれません。でも、それは個性であって、嫌がらせや仲間はずれにする理由にはならないはずです。

    ただ、一つ思ったのは、自分も人間、他人も同じ人間です。完璧な人間なんていません。それなのに、私は他者の理不尽な言動を赦すことが今まで、できてなかったのでは?と思いました。私の心が柔軟性に欠けるために、他者の言葉をまともに受け止めてしまい、それでポッキリと心が折れてしまったのでは?と思い直したのです。他者も「人」である以上、完璧なはずもなく、その時の感情に任せるままに、非常識なことを言ったりしたりすることも多々あろうかと思います。

   だから、今後は自身にも非があるのだから、出来るだけ冷静になって、赦すと言いますか、他者の「そういう言動の根っこにあるものは何なのだろう?」と客観的に受け止め、考えても詮無いものは早々に忘れてしまう方法を身につけたいと思っております。

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   ただいま、17:37分。阪神尼崎での、キックボクシングの後、一旦、帰宅し、昼を食べてから、西宮北口パーソナルトレーニングに向かい、それを終えて、ダンスのレッスンまでの空き時間に、東通りにあるニュージャパンサウナで汗を流して、扇町通りにあるTurry'sで、グレープフルーツセパレートティーなるものを飲みながら続きを書こうと思った(≧∀≦)

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   「それから、このことに関しまして、自身で読んだ本の中で興味深かった箇所を引用します。

以下は、「世界のエリートがやっている最高の休息法」久賀谷  亮 著  ダイヤモンド社より、引用。

*思考の堂々巡り(無意味だとわかっていても抜け出せない)

*脳のすべての疲れやストレスは、過去や未来から生まれる。すでに終わったことを気に病んでいたり、これから起きることを不安に思っていたり、とにかく心が「今ここ」にない。この状態が慢性化することで心が疲弊していく。

*心の乱れは過去に縛られることから始まる。

*過去や未来から来るストレスから解放されることこそが、マインドフルネスの目的

*マインドフルネスとは「いってみれば心のストレッチ」決まった方向ばかりに関節を曲げていたら、身体が固まってくる。いつもと違う方向に少しだけ関節を曲げて、疲れづらい、怪我をしづらい身体をつくるのがストレッチ。人間の脳も放っておくと、現在以外のことばかりに向かってしまう。ここで、あえて現在の方に意識をストレッチしてみる。こうやって疲れづらい心をつくっていく。

*恐怖だとか外的脅威のようなストレス刺激が強すぎて、扁桃体が過剰に活動し、前頭葉が、それを抑え込めなくなると、交感神経に作用して身体症状が発生します。症状としては、動悸や過呼吸などが一般的です。

パニック発作のようなストレス反応には、不安を司る扁桃体がかなり深く関係している。そしてマインドフルネスは、この不安を緩和することが知られている。

     以上、「世界のエリートがやっている最高の休息法」より。

   そして、今日のもう一つのテーマである、仏教における「苦」とは何か?について調べたことを書かないとあかんねんけど、今から、晩御飯食べて、ダンスのレッスンに向かうので、この続きは、また後で...

   ただいま、18:49分。ダンスのレッスンまで、少し時間があるから続きを書こう^_^

    以下は、「ゆかいな仏教」橋爪大三郎大澤真幸著   サンガ新書より引用。

「苦」というと、楽と反対で、辛かったり痛かったりする感覚的な苦しみを思い浮かべてしまう。でも、そう考える必要はない。私は、ただ単に、「苦」とは、「人間の生が不完全であること」だと思うのです。ほんとうは、もっとよく、正しく生きられるのに、不完全に生きている。感覚に溺れたり、栄耀栄華で、物質的贅沢に囲まれたりして生きていることも、苦なのです。人間としてそれよりましに、それよりまともに、生きることができるから。本人は別にそれを、苦とは思ってないかもしれない。でも、ゴータマ・ブッダからみれば、それは苦(不完全な生)である。人間はもっと、完全に生きることができる。ブッダがみるから「苦」なのです。

ー途中省略ー

  生きていれば楽しいこともある。でも、病気になったり年老いたり、死んだりという、ネガティブにイメージしがちな部分も切り離すことのできない人生の一部分である。その全体を受け止めるべきだと、彼はまず主張したはずなのです。「苦」を強調したのは、普通の人が陥りがちな欠陥として、何とかこの運命から逃れたい、と思ってしまう。病気にならないといいとか、年をとらないといいとか、死なない方法はないものかとか。こう考えるから、同じ運命が二倍、三倍に苦しい。人間は生命なのだから病気になって当然だし、病気になったら病気と一緒に生きていくしかない。年もとる。それを受けとめ、勇気をもって年をとる。老人として生き、死ぬことも恐れてはいけない。それは、自分の人生のピリオドだ。こういうふうに、すべてのネガティヴな思い込みを捨て、積極的に前向きに、正しく生きていこう、みたいなことを言いたかったと思うのです。

(ただ今、21:43分。ダンスが終わって、帰りの電車の中)なので続きは、家に帰ってから(≧∀≦)

「四苦八苦」を仏教の中心に置き、しかも苦を文字通りの意味でネガティヴに受け取ると、仏教の本質を消極的なものと見誤ってしまうのではないかと危惧します。ゴータマ・ブッダの教えを一言で言えば、「勇気をもって、人間として正しく生きていきましょう」ベタですけれど、仏教の主張はこうだと思うのです。

                                                by.橋爪 大三郎

私の理解。仏教にいう苦は、自分の人生が思いどおりにならない、ということに等しい。「思いどおりにならない」という部分を苦と表現すれば、愛する人と別れることは思いどおりではないからそれを苦と感じてしまう。おいしいものを食べられればそれは苦ではないが、食べたいものが食べられなかったらそれを苦と感じてしまう。

    もしも思いどおりにならないことをネガティヴなものとカウントしていくと、人生はネガティヴだらけになり、自分の人生が思いどおりにならないというそのことに圧倒されて、へしゃげてしまうだろう。そうならないため、自分の人生が思いどおりにならないのはなぜなのか、と考えるわけです。

   ひとつの結論は、人生についてあらかじめこうであると考えているから、そうなるわけです。むしろ人生は、客観的な法則によって、なるようになっているだけ。だとすれば、あらかじめこうであるべきだというふうな甘い期待というか、幻想というか、そんなものを端的に持たないようにすれば、100%掛け値なしに、人生をあるがままに享受できる。全てをプラスと受け取ることができる。こういうことを言っているだけじゃないでしょうか。だからむしろ、ポジティブな考えだと思うんです

                                        by.橋爪  大三郎

    以上、長くなってしまったのでここまで。

  

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2018.4.1 いよいよ新年度が始まった(^^)

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   いよいよ新年度がスタートした...

   なかなか、書くことがなくて、更新できずにいたけど、そろそろ無理にでも書かないとと思って、ペン✒️を取った...(この表現はおかしいけど...)

   実は、昨日、母親を羽曳野市の古市にある歯科医院へ連れて行ってきた。というのも、この15年くらい、ずっとドライマウスに悩まされてはって、宝塚や尼崎の病院で診てもらってはいるものの、なかなか良くならないみたいなので、いい病院がないか探してた(≧∀≦)

   宝塚の病院では、シェーグレン症候群と診断されてるんやけど、これがなかなかの難病らしいのと高齢で唾液が少なくなってきているのもあるやろし、食べ物の好き嫌いが激しい人なので、そんな諸々のことが重なってるんやと思う。

    インターネットで病院を探して、たまたま検索結果でトップに出てきたのが、くだんの病院。早速、先週の土曜日に連れて行き、血液検査を受けさせて結果が出るというので昨日、連れて行ってきた。検査結果の説明を医師から聴き、ほぼ原因と思われるものが判明した。シェーグレン症候群の良い薬もあるとのことで、それらの薬を処方してもらった...

    まだ、経過を見ないとなんとも言えないけど...これまで受診してきた病院はきちんと診てくれてたんかな⁇と疑問に思う(≧∀≦)ほんと、少しのことで15年も苦しまずに済んだかもしれないと思うと母親が気の毒に感じたのと、もっと真剣に探してあげてたらよかったと少し後悔した(≧∀≦)まあ、でも後悔しても始まらんし、良い病院が見つかったということで良しとしよう👌(少し遠いねんけど...)

   病院を後にし、ちょうど昼前だったので、どこかで昼御飯にしようということになった。

   ちょうど桜🌸の見頃を迎えていたので、大阪城に行って、そこで花見がてら昼御飯にしようと近鉄阿倍野橋で、百貨店に入り、二人とも海鮮チラシ寿司を購入。それを持って大阪城公園駅で電車を降りた。すると、すごい人出...

(≧∀≦)花見に来てる人達だけではなく、大阪城ホールでコンサートがあるらしく、開催スタッフと思しき人達が、プラカードやら、マイクやらを持って、ぞろぞろ歩く人達を誘導してはった。若い女の子が多いので、何のコンサートかな?と思い、本丸の方へ歩いていく道すがら、二人連れの女の子に聴いてみた。すると、「sexy zone」というグループのコンサートがあるという。どうやら、ジャニーズ系の若い男の子のグループらしいということで納得。でも、私の中のジャニーズと言えば、SMAPTOKIO、嵐くらいから全く更新されていないので、「へえーっ...」って感じ。全然知らんけど、とにかくジャニーズの若手というだけで、こんなにも若い女の子が集まるんやって少し驚いた(°_°)

   城の内堀の外側にある芝生のエリアに配置してある御影石みたいなんに陣取り、チラシ寿司を食べた(^^)

   天候も穏やかに晴れていて、ときどき吹く風に桜の花びらが散る様はほんとに優雅。周りの人達も楽しそうに談笑してたり、酒盛りをしてたり、ご馳走に舌鼓をうってたり...

   久々に大阪城に来たけど、なかなか良いなぁって思った。

   でも、一見、長閑で平和に見える周りの景色とは裏腹に、今、少し気になっていることがあって今日は、そのことについて書いてみようと思った(≧∀≦)

   それは、経済格差のこと。相変わらず、本は常に持ち歩いていて、何冊か並行しながら読んでるんやけど、その中に、「護られなかった者たちへ」NHK出版   中山  七里著という本と、

「新・日本の階級社会」講談社現代新書  橋本 健二著という本がある。

   二冊とも、まだ読み終えてはないけど、ほんとうに社会保障の仕組みを本腰入れてなんとかしないとあかんの違う?と思った(≧∀≦)

   「護られなかった者たちへ」では、役所の予算の制約上のことから生活保護の受給者が保護を打ち切られたり、新規に申請をしても事務的に却下されて受け付けてもらえない、いわば最後のセーフティネットから漏れてしまった人達

の実情が書いてある。私自身も役所に勤めているから、予算の制約や、事務手続き上の整合性やら、予算の最適配分とか分かるんやけど...

 生活保護を求めてる人達にしてみれば命がかかっているわけで...あまりにも事務的な役所の対応に憤る人達の気持ちも分かるし、かといって、限られた予算を最も効率的に使わないとという役所の立場も分かる。不正受給の問題なんかもあるし、役所の審査(≧∀≦)が厳しくなるのも無理がないのは分かる。しかし、本当の問題の本質は、果たして別にある気がしてならない(≧∀≦)  それは、言うまでもなく、社会保障や福祉制度、税制を含む富の再配分など社会システムの構造的な問題。また、税金の無駄使いとか徹底的に見直せば少しはマシになるのではと思うんやけど...(停止している原発の維持費用とか...)とにかく、まだ読み終えてないけど、なんとも切なくやりきれなくなる内容(≧∀≦)   

   それから、「新・日本の階級社会」では、もはや、格差は階級になりつつあるという。経済格差を五段階に分けて考え、その階級が固定化しつつあると。貧乏人の家に生まれた者は、貧乏人に、金持ちに生まれた者は金持ちにという構図が固定化されてしまったという(≧∀≦)。著者によると、最下級のアンダークラス(呼称は著書による。)の人達は、年収が200万にも満たず、結婚して家庭を持つことすらおぼつかないという(≧∀≦)特に、夫と離婚したり死に別れたりした女性の貧困の問題が深刻だそう(≧∀≦)バブル崩壊後の規制緩和政策によって、派遣労働者が増えたり長引く不況で企業が雇用を抑制したりと運悪く、こんな時代に社会に出ていかざるを得ない若い人達が気の毒に思う。

   確かに、ある程度の「格差」は仕方がないと思う。能力の差や、生まれ育った環境、本人の努力、持って生まれた運、etc...

   すべてが平等にというわけにはいかないし、それによって、格差が生じても、ある程度までは容認されていいと思う。ただし、もし、それが、本人がいくら努力しても報われないような社会システムというか構造になってしまっているとしたら...「自己責任」という言葉の下に、時の為政者、権力者によって、それが当たり前のことなのだと思い込まされてしまっているとしたら...

    著者が書いているように、貧困層の家に生まれた者は、充分な教育を受ける機会を与えられず、経済的な理由から進学を諦めたり、中退したりして、充分な学歴を築くことができずに正規雇用の職に就くことを諦めざるを得なかったり、そもそも、労働力を安く買い叩こうと正規雇用を抑制して、企業側にとって都合のいい非正規雇用者を増やそうとするような状況が企業側にあるのなら、それはもう本人の責任というより受け皿の社会の方に欠陥があるとしか言いようがないと思う。 

   こういうことを書くと、自身が恵まれた立場にあるから、上から目線で綺麗事が言えるのだというような意見もあると思う。確かに、私は今、比較的恵まれている方だと思うし、そうだからこそ、こうやって、涼しい顔をして、記事を書いていられるのだと思う。だけど、私自身、充分な教育は受けさせでもらったけども、子供のころは決して裕福な家ではなかったし、むしろ、子供心に、しっかりと世の中には金持ちと貧乏人がいて、自身は後者の方なんだという意識がはっきりとあって、コンプレックスを抱えていた。だから、経済格差のような問題には、敏感になるし、たとえ小さな一声であったとしても、おかしいと感じたら声をあげないと、ほんとうに権力者たちによって、それが当たり前なのだというフィクションを刷り込まれて(あるいは洗脳されて)誰も何も言わなくなるのって本当に怖いことやと思うねんけど...

    新年度の当初に、何やら暗い話になってしまった気がするけど、私自身、不勉強なので、この問題には少しこだわってみたいと思った(≧∀≦)

   長くなったけど、最後に「新・階級社会」から気になったところを引用してまとめさせてもらったノート📔を参考に貼り付けて終わりにしよう...

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2018.3.6(火) ブログ、書くの久しぶり(*≧∀≦*)スランプかも...

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    今日は、3月6日(火)。24節気では、「啓蟄」にあたる。

   一昨日は、ほんとうに暖かくて、夕方のニュースを見てたら25度の夏日になったところもあったらしかったけど、今朝は一転して、かなり寒かった(*≧∀≦*)一昨日が暖かすぎたのと、今朝は曇ってたから余計にヒンヤリと感じたのかも🙁

  せっかく、土の中から這いだしてきたカエルやら、トカゲやら虫たちも、慌てて土の中に戻ろうとしたん違うんやろか?

   でも、待てよ❓❓カエル🐸って、土の中で冬眠する習性なんかあったかな🤔また調べておこう。

    ただ、昼からは晴れて☀️風もなく、少しだけヒンヤリするけど、とても気持ちいい天気になった^_^暑がりな私には、ちょうどいい感じ。

   ただ今、昼の2時。ダンスのレッスン場に向かう途中にあるタリーズコーヒー☕️で、アイスのソイラテを飲みながら、この記事を書いている。今日は、昼から休みをもらい、17時から今までには受けたことのないインストラクターのレッスンを受けてみようと思った。

  最近は、ダンスのレッスンの他にも、バレエのレッスンやら、月に2回だけやけど、絵画教室に通ったりしてて、パーソナルトレーニングも週1であるし、暖かくなってきたので、テニスも再開しんとあかんし、ほんまに忙しい。なんかじっとしてられへんのは、性分なんかな?

   それで、そうそう、このブログも書かな書かなって気にはなってたんやけど、なかなか何を書いていいのやら悩んでた。スランプかな?

   でも、とりあえず、なにか書かないと、ほんとうに書けなくなりそうなので、新年、2回目の記事は、ニーチェの哲学のことを書くことにした。だって、このブログのアクセスを見てたら、私の個人的な意見や主張よりも、何かの本から引用してきたものの方が需要があるというか読まれてるみたいなんで...

  ニーチェに関しては、実は何も知らなかった(*≧∀≦*)ニヒリズムの厭世的なイメージで、独特の世界観で人間を観察してて哲学の世界でも異端児扱いされてるくらいにしか思ってなかったけど、「マンガで分かるニーチェ」を読んでみたら意外にもニヒリズムとは真逆で、「人生」を肯定的に捉えて、「人間がいかに力強く生きていくのか」といったことや、人間の心の奥底に潜む感情に対する鋭い指摘なんかが共感できて好きになったんやった。

  だだ今、18時30分。ダンスのレッスンが終わった(*≧∀≦*)😋さすがに、この時間だともう暗い。

   いつものとおり、東通りを阪急の梅田駅に向かって歩きながら、すれ違う人たちを観察しながら今日受けたレッスンのことを考えてた。

    レッスンは、1時間のJazzの基礎レッスン。

     ストレッチに、アイソレーション、バレエの基礎的な動作なんかも取り入れられてて、最後の20分くらいで簡単な振付を踊らされた。

   案の定、男性は、私以外に誰もおらんかった。若い女の子ばっかり、10人くらいかな?でも、誰からも何も言われないし嫌な顔をされることもない^_^みんな、ダンスのレッスンに一生懸命で他人のことなんか気にしてないんやな。きっと...

    それから、韓国から来たらしい、女の子3人組の中に、一際、綺麗な女の子がおったなあ(*≧∀≦*)

   先生も、片言の英語で、その子らに話しかけてはったけど、反応は薄くて、あまり喋りはれへん。緊張してる感じではなかったけど...

    私も、片言の英語で話しかけてみたいなあって思ったけど、そんな雰囲気ではなかったので辞めておいた(*≧∀≦*)

    まあ、ともかく、レッスンは基礎的なことをバランスよく取り入れてくれてはったし、音楽も自分の趣味に合ってたから良かったと思う。

    ニーチェの話に戻ろう。ニーチェは、1844年から1900年まで生きたそう。わずか、24歳で、スイスのバーゼル大学の教授になったんやけど病弱で教職は、わずかに10年で辞して、残りは病気療養のためにヨーロッパ各地を転々と旅しながら思索と著述を続けたそう。最後は発狂したって聞くし、あまり、恵まれた人生ではなかったんかな?

    実は、あのアルフレッド・アドラーが1870年生まれの1937年没なのでニーチェと生きた時期が重なっている。しかも、よく似たことを言っているので、アドラーニーチェの影響を受けた可能性があるんと違うかな?と思った。そして、ニーチェ自身は、ショーペン・ハウアーという別の哲学者の影響を大きく受けていて、そのショーペン・ハウアーという人はインド哲学や仏教に精通していたらしい。そして、アドラー心理学は、仏教と似たような考え方をしているところがあるので、実は、仏教・インド哲学→ショーペン・ハウアー→ニーチェアドラー

っていう感じですべて繋がってるん違うのかな?と感じた。まあ細かなことは、またの機会にして今日は、ともかく 「マンガで分かるニーチェ」から気になったものを抜粋してみた(*≧∀≦*)。

     以下は、「マンガで分かるニーチェ」より。

ーそれぞれの眼にはそれぞれの世界が写っている。ー

    『虚しさに苦しむ人々のために、ニーチェは新たな生きる喜びを見出そうとした。その要旨を理解するためにまず押さえておきたいのは、「人は誰もが自分の解釈で世界の姿を理解している」というニーチェの指摘。万人に「共有」できるものなど、この世には存在しないのだ。』

   ー安易な優しさや思いやりは相手を見下す自己満足にすぎない。ー

ニーチェは『同情』を非常に嫌った。それは相手を自分より格下と見なし、まったく脅威を感じていない時に生まれる感情だからだ。どんな人をも対等と認める人なら、同情などしない。同情は卑しく、羞恥心を持たない人だけが抱く感情で、自分に対する自信のなさから生まれるものと考えたのだ』

 

ー人生とは瞬間を生きることの連続であるー

  『自分の生き様を善い生き方、悪い生き方などと人に決められる筋合いは本来ない。自分が望むままに生きることこそ、最も人間らしさを、つまり最も本来的な自分の価値を肯定した生き方だとニーチェは考えた。人が決めたルールに囚われず、自分の欲求を肯定しながら生きるのだ。』

 

『人は、相手を軽視している限り、憎むことはない。相手を同等、もしくは一段優れたものと認めたときに、初めて憎む。』

 

ー自分が「やりたい」と感じるものに価値があり、正しさがあるー

『自分にとって何が正しいのか。何に価値があるのか。その答えを知っているのは、自分しかいない。周りの評価を気にして人生を選択しようと思うから、窮屈で空しくなる。自分は答えを知っている。そう信じて、大切なものを見直してみよう。「世間の目」を一度忘れて、本当に楽しめることを探してみるのだ。』

 

『動物から進化して人類が生まれたように、人間はまだ進化の過程にある。そして、その進化を遂げた先に超人という存在をニーチェは思い描いた。人間にはまだ可能性がある。今の人間を乗り越えた先に、新しい生き方の高みがあると考えたのだ。

   与えられた価値観を疑いもせず受け入れ、家畜のように群れる者たちをニーチェは「蓄群」と呼び軽蔑した。自らの弱さを正当化する蓄群の生き方は、もはや受け入れられない。「みんなのため」という利他主義ルサンチマンの表れ。そんな卑屈な奴隷道徳から解き放たれ、新しい価値観や生き方、より高貴な道徳を見出さなければ、という』

 

『怪物と戦う者は、そのため己自身も怪物とならぬよう気をつけるがよい。お前が永い間深淵を覗き込んでいれば、深淵もまたお前を覗き込む。』

『自分の不遇を他者のせいにすることが当たり前になってくるような人間は度が過ぎれば「敵」に対して悪だのなんだのと罵るうちに自分自身がどんどん醜くなっていくものだ。』

 

ー言い訳は挑戦を遠ざけ自分を弱くするー

『人間は言い訳の天才だ。親が悪い、学校が悪い、社会が悪い...。だが、そう思う一方で「自分は悪くない。むしろ正直に頑張ったから不幸なんだ。」などと考えるのは、楽をしたいだけの甘えだ。」人は「今この条件で」勝負するしかない。そうするための勇気を見つけよう。』

 

『自分に道徳的敏感さや道徳的眼識の繊細さがあるということに、大いに重きをおくような人間には用心するがよい。こういう人間は、自分がひとたび我々の面前で(あるいは我々に対して)しくじりを犯したとなると、それを根に持って決して我々を赦すことがない。』

 

ルサンチマンという言葉をニーチェは、「強弱に対して弱者が持つ怨恨や復讐感情だ」として新しく使った。例えば、「正義は必ず報われる」「神はすべてを見ている。そして、後から公正な裁断をしてくださる」「悪は必ず倒される」といった言い方や考え方の奥底には、このルサンチマンがあるとした。

   つまり、ルサンチマンは、相手を凌駕できない無力さ、しつこい嫉妬などから芽生えてくる。もし、自分に特有の力があり、その点で誰をも敵とみなすことがないならば、ルサンチマンは生まれようもない。従って、ルサンチマンは弱者に多く見られるものとされる。

   ニーチェは、道徳や善悪の起源は弱者のルサンチマンにあるとした。強い者は望むままに生きる。彼らにはその生き方こそ善だ。だが、その陰で圧倒的多数が敗者・弱者となる。弱者は自分たちを正当化するため善悪・道徳・倫理といった価値観を創造した。「自分たちのほうが実は高みにいる」と言い聞かせてきたのだ』

 

ニーチェは、すべての現象は「力への意志」のせめぎあいから生じている、と考えた。力への意志とは、あらゆる存在に宿るバイタリティのようなもの。生命活動や物理現象、社会現象、歴史の発展や文化、思想の移り変わりなどのあらゆる事象は、そこに関わる存在たちに宿る力への意志がせめぎあい、なんらかのバランスとして現れることで生じていると読み解いたのだ。

   あらゆる存在に宿る力への意志は、より強く、より多く、より高く、より広く、より深く、より徹底的に....と、ただひたすら自らが増大することを目指す。そこには、より豊かさを求めて広がろうとする能動性があるのみ。善悪の基準や主体性、目的などはない。あらゆる次元、場所において、自らを大きく、豊かにしようとしていくだけだ。そして世界は、この力への意志の拮抗で成り立っている。自然界の現象で見ると、例えば、月と地球の間に引力と遠心力が互いに働いていることでバランスが保たれ、月の軌道が定まる。これは地球と月に宿る力への意志が押し引きした結果。そこに意図や目的、真理などは存在せず、異なる力が拮抗して、せめぎあうことで全体としての調和が保たれるのみだ。』

 

ー自分にとって「一番正しい選択」は身体が知っている。ー

ニーチェは、精神と肉体を分けて、前者を優位とみなす西洋哲学の伝統的な立場を否定し、身体こそ理性である、と説いた。「本当の気持ち」は身体に宿る。心よりも、身体に耳を澄ませることで、人間は「本当にやりたいこと」に気づけると考えたのだ。』

 

ー人生のすべてを受け入れすべてに価値を見出すー

ニヒリズムを徹底すれば「すべては等しく価値がない」。つまり「あの経験は大きかった」のように、他よりも大切な出来事など存在し得ない。

    今の自分の姿には、過去のすべてが等しく影響しているのだ。そのすべてを受け入れるか、否定するか、人生観は二択しかないのだ。』

 

『弱々しく、薄っぺらで、消えてなくなりそうな、自分で自分を否定し否認するような人格は、もはやこれぞという事柄には何ら役に立たない。偉大な問題は、どれもこれもみな、偉大な愛を必要とする。そして、偉大な愛を燃やすことが出来るのは、確固として自己自身に立脚している剛毅で円熟した泰然たる精神の者たちだけである。』

 

『私たちはつい「もし〜でなかったらば」という形式で物事を考えてしまうことがある。現実の結果を見ているのに、その結果を受け入れたがらず、もっと好ましい結果を得るためには、あらかじめどうすればよかったのか、などと考えるのだ。他愛のない想像のお遊びの範囲ならば害は少ないのだが、こんな仮定の話を自分や他人の人生について真剣に行うと、後悔と懺悔に満ちた日々を送ってしまうことになる。実際、「こうすればよかった」「ああ言えばよかった」と、過去ばかり振り返って人生を無駄に送っている人は少なくない。彼らは人生には「良い人生」と「悪い人生」があり、自分の「良い部分」を選択的に生かせば、前者が近づくと考えている。

    この点、ニーチェは「今の自分はこれまでの自分から生まれてきたものだ」と現実的に考える。辛いことや耐え難いことに遭遇するのが人生というものだし、それらもまた今の自分を形成する要素の一つ。過去の自分という全体が、今の自分という全体に繋がっている。見たくない部分から目を背けるのではなく、しんどいことをも自分のものとして受け入れたとき、新しい強い自分がそこから生まれてくる。』

 

『楽しいことのみを選択できるマンガのような人生などあり得ない。もし、人が楽しいことのみを選択できるならば、そればかりに執心し、ほんの些細な嫌なことにも耐えられない脆弱な人間が出来上がるだけだろう。そんな人間は一日すら生きられないだろう。

    だから、人生の途上で起きることすべては必然。一切を受け入れていく必要がある。なぜならば、それが人間の人生だからだ。こうして「すべてに価値がない」ニヒリズムの世界は、すべてに価値がある世界に裏返る。

   ニーチェは身に起こる全てへの愛を「運命愛」と呼んだ。

   この自分の人生の日々を丹念に愛すること。それだけが大事だ。そのとき、一片の後悔も生まれなくなり、すべてが美しくなる。この美しさを味わわずに、どうして徒労に疲れ果てたまま死ぬことができようか』

以上、長くなってしまったのでこの辺で...

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2018.1.13(土) 新年初めての記事😊 「阿修羅のこと」 そして、今年はどんな年にしようか?

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   今日は、2018年1月13日。二十四節気では、小寒(1月5日)と大寒(1月20日)のほぼ中間ということになる。ここ二、三日は本当に寒くて⛄️、テニスやらウォーキングするのもつい億劫になってしもてたんやけど...

   今朝は、休みということもあり、7時過ぎまでグッスリ寝てた😳。 でも、天気そのものは寒いけど快晴で風もなかったので、少し遅いけど、ウォーキングに出かけようと思った。

   いつものように朝食の準備をして食事を済ませてから昆陽池公園に出かけた。寒さ対策は万全にと思い下はスェットジャージの下にタイツを履いて、靴下を2枚重ねて履き、上はUNIQLOで買ったヒートテックの長袖タートルネックシャツの上にジャージとスエットパーカーを重ね着して、更にその上から学生の時に買ったSt.Christopherのテニス用ウィンドブレーカーを羽織って、手袋も2枚重ねて嵌めて出かけた...なんか、モコモコしてしもて動きづらい気がしたけど、歩いてる時に手の指先や足先が冷たくなると辛いので仕方がない…

   去年の年末の23日にブログを更新してから、あれよあれよという間に、新年を迎えてしまい、さらに2週間も経ってしもた(≧∀≦)

    ただ、何を書けばいいのか悩んでて、ずっと気にはしてたんやけど...音楽の話しも、中途のまま終わってて(≧∀≦)

    それで今朝、ウォーキングをしながら考えてたんやけど、普段、本や新聞を読んでは、書込みしたり、記事を貼り付けたりしているノート📓をブログで公開してもいいんかな?とか...

    ニーチェの哲学のことなんかも書いてみたいなとか...

    でも、とりあえず新年始めのブログは、一昨年の12月23日に見に行った奈良の興福寺の阿修羅像について書こうと思った。

    阿修羅像は、それまで本でしか見たことがなかった。4年程前に復職支援施設で知り合いになった人と通院する心療内科が一緒でたまたま病院で一緒になった時に阿修羅像の話をしたんやったと思う。それで本物を見てみたくなって一番初めの上司と一緒に見に行ったんやった。

    初めて像を見たときの感想は、細くて華奢やなぁ😅って思ったのと、背の高さも153.4cmということなので圧迫感もなく、まさに紅顔の美少年😅。そして何よりもその顔の表情に魅せられた…

   眉間を寄せて少しつり上がった両眼。その眼は何を見ているのか…遠くのものを見ているようにも見えるし、何かを思い詰めているようにも見える…小さな口をキリッと閉じて両手を胸の前で合掌するその佇まいからは、胸に秘めるただならぬ意志や想い、あるいは憂いみたいなものを感じざるを得ない。

   「何かを後悔し、悔い改めようとしているのか?」とか「仏教の守護者としての想いみたいなものを体現しているのか?」とか想像力を働かせるんやけど…よくわからなかった。

   そこで、興福寺の土産物屋さんで購入した本の中から読んでみて興味深かった内容を書いてみようと思った。                

   ー以下の記事は「阿修羅を究める」より。ー

  「阿修羅は古代インドの神で、インド名をアスラという。アスラはもともと「戦闘の神」で、激し    い気性の持ち主である。

   鎌倉時代の「北野天神縁起絵巻」には、阿修羅による戦いの場面が描かれている。阿修羅は手に弓と矢を持ち、牙を上に向け三つの顔と六本の手を持つ。一番上の手には太陽と月をシンボルとして持ち、身体は怒りを直接表すように赤く塗られている。

   阿修羅の戦う相手は、インドの神々の中心であるインドラ(帝釈天)である。しかし、阿修羅は帝釈天にどうしても勝つことができず、戦うことの苦しみを負うことになる。苦しみは業となり、阿修羅道として、地獄道、餓鬼道、畜生道、人道、天道とともに六道の一つに数えられ、畜生道と人道の間に位置付けられる。人間は心の中でさまざまに葛藤し、絶えることのない苦しみを持っている。阿修羅は人間の心の業を象徴的に表しているともいえる。

   古代インドの神々と同様に、阿修羅も仏教が成立し発展してゆく中で、仏教の中に取り入れられ、仏教に敵対するものを威嚇し退散させる守護神としての役割を持つようになる。

   阿修羅の帝釈天に挑む激しい戦闘の力は、仏教に対抗する者に向けられるのである。

   このようなインド神話に由来する「戦闘の神」としての阿修羅は、すでにふれたように怒り顔、三つの顔、六本の手、赤い肌で表すのが一般的である。

   興福寺の阿修羅像も形は同じであるが、表情からは怒りがまったく消えている。戦う神としての激しさはまったく見られない。(「阿修羅像の意味するものー興福寺阿修羅像の美と形」金子  啓明著より抜粋)

    おそらく、たがいに眼をいつまでもジーッと見つめ合わせていられるのは、たがいに信じ合い、愛し合い、哀しみ合っている者同士ではないだろうか。

    阿修羅の場合、阿修羅のまなざしを「見ている」ときは、それは遠くをはるかにやさしく見ているようなまなざしに見える。しかし、真正面からそのまなざしとかち合うと(あるいはそのまなざしに射すくめられると)、それは深く貫き通すようにきびしいまなざしに見える。阿修羅はやさしいまなざしときびしいまなざしの二つを持っている。

    阿修羅はなぜ、やさしくだけでもなく、きびしくだけでもなく、二つの相反するまなざしを持っているのか。それこそが堀辰雄が「切ないまなざし」と表現した理由なのではないか。

   「切ない」とは、心に深く感じ、悲しさ恋しさに胸がしめつけられるような気持ち、息苦しくなるようなおもいをいう。

    この阿修羅はなぜ、こんな切ないまなざしをしているのだろうか。あるいはこの切ないまなざしは何を意味しているのだろうか。それは、おそらく阿修羅が「人間の奥深くにある」悩みや悲しみや苦しみを受け止め、ともに悩み、ともに悲しみ、ともに苦しんでいるからではないだろうか。

    この阿修羅のまなざしは、人間を慈しみ救う慈愛や救済のそれではない。慈愛の目にみち救済の手をもった仏たち、観音や菩薩や如来はほかにたくさんいる。

    阿修羅のまなざしから伝わるものは、たとえ慈しみ救うことはできなくても、ひたすら苦悩を共にしようという「共苦」、悲しみを共にしようという「共悲」の意志である。

    阿修羅はもともと六道という悩みや苦しみ悲しみの世界に住んでいる鬼神という。だからこそ、人の悩み苦しみ悲しみを共にしてくれるのではないか。

    阿修羅は高い所から慈愛をたれたり、救いの手を差し伸べるというのではない。弱く愚かで罪深い私たちの傍にいて、ひたすら苦しみを苦しみ、悲しみを悲しんでくれるのである。だから、こんなにも「切ないまなざし」をしているのである。(「阿修羅と現代人の癒し」立川  昭二著より抜粋)

  

    紀元後四世紀ころ、土着の古神たちと結びついたバラモン教は、様相、内容も新たにヒンドゥー教として台頭する。

    その精神の中核となるのが、インドの二代叙事詩、「ラーマーナヤ」と「マハーバーラタ」である。その原形は紀元前二世紀頃に形作られた。「マハーバーラタ」はヒンドゥー教の興隆とともに、全18編;約10万の詩句からなる大叙事詩として、約六百年をかけて完成された。戦史に神々の物語や、民間説話が加わったものである。

    インドラは世界を支配して驕りたかぶり、傍若無人の振る舞いをするようになった。インドラの威光は陰り、神々とアスラの戦闘が始まった。神々は押されに押された。神々は、母がアスラではあるがヴェーダをマスターした若き聖人ヴィッシャルーパのおかげで助かった。だが、インドラは彼の出自を危ぶみ、後顧の憂いを断つべく最強の兵器ヴァジラー(雷光)で彼を殺害してしまう。ヴィッシャルーパの父トワシュタは復讐を誓い、盛大なヴェーダの祭りを催した。

    その聖火の中から出現したのが勇者ヴリトラである。不死身のヴリトラ率いるアスラと神々の戦いが再燃した。さしものインドラも攻めあぐね、神々の敗勢は明らかになった。いったんは和平した神々とヴリトラだが、ヴィシュヌ神の協力を取り付けたインドラと、海辺で両雄最後の戦いが始まった。

    はてしない激闘も、ついにインドラ得意の武器、ヴァジラーで決着がついた。彼は、ヴリトラの唯一の泣き所、口の中に雷光を打ち込んだのである。以後、インドラはヴリトラを殺した英雄=ヴリトラ.ハンとも呼ばれるようになった。しかし、欺瞞に満ち、卑怯な振る舞いの多かったインドラはやがて名声を失い、世界の王の座を退去した。

    ヒンドゥー教の世界では、アスラは神々と戦い敗れた魔神である。だが、インドラなどヴェーダの主だった神々も力を失ってしまった。ときは流れ、時代の覇者クリシュナ=ヴィシュヌとルドラ=アスラの出現である。ルドラ=アスラは山岳信仰と合体し、シヴァ神に変貌を遂げる。(「阿修羅とは何か」ー古き神々の没落      森谷   英俊著より抜粋)

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2017.12.24(日) クリスマスイブ、聖なる夜に思うこと...(≧∀≦)

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「雨は夜更け過ぎに、雪へと変わるだろう...

silent night  holly night♬

 きっと君は来ない...一人きりのクリスマスイブ

...」                  ♬  山下達郎「クリスマスイブ」

 

    今日は、12月24日。クリスマスイブや🎅

    前回の更新から、約1カ月も経ってしまった(≧∀≦)

    音楽の話、特にサックス🎷を習ってた頃の思い出について書かなあかんあかんって気になってはいたんやけど、ついつい先延ばしにしてたら、いつのまにか今日を迎えてしまった(≧∀≦)

   でも、今日は、音楽の話しよりも、別のことについて書こうと思った(≧∀≦)

    今朝は、5時半に目が覚めて冷蔵庫の中にラップをして冷凍保存してある、ご飯の塊を探したら切れてたので、昨日買ったキヌアを1合と白米を3合の割合で、ご飯🍚を炊いた。その間に、鯖を焼いて、納豆を作り、あさりの味噌汁を作った。我ながら、随分と料理の手際が良くなった気がして嬉しいのやら悲しいのやら、よう分からん気持ちがした(≧∀≦)

    今日の天気予報では、昼頃から次第に天気が悪くなるとのことなので、尼崎のテニスは諦めるとして朝のウォーキングと昼からダンスのレッスンを受けるつもりで、昆陽池ウォーキングに出かけた。案の定、どんよりとした曇り空やったけど、冷たく澄んで、ピーンと張った空気が気持ち良かった(^^)

    いつものことやけど、iPhoneで好きな音楽を聴きながら歩いてて考えを巡らせていたら、「そやそや、前回から随分と時間が経ってしもたし、しかも今日はクリスマスイブ🎄やねんから、クリスマスイブの思い出について書いたらいいやん!」と思い立ち、歩きながら、ずっと何を書くか考えてた(≧∀≦)

   でもクリスマスに関しては、 今まで特にいい思い出はない(≧∀≦)    昔(遥か太古の昔...というほどではないがかなり昔(≧∀≦))に付き合ってた女の子とも、特に一緒に過ごした思い出はないし、たいがい、いつも一人で、この日が来ると「早く、過ぎ去ってくれたらいいのに...」って布団に潜り込みながら思ってたと思う...

    もっとも、もうクリスマスイブだ、へちゃくれだのと騒ぐ年齢はとうに過ぎたんやけど...

    ただ、そんな私にも、たったひとつだけ忘れられないクリスマスイブの想い出がある(≧∀≦)

   あれは、確か、大学4回生のことやから31年前か...

   当時、アルバイトを通じて知り合った女の子を好きになって、クリスマスイブの前日に思い切って、電話で「会って話がしたい」ってお願いしたんやけど...あっさり断られてしまった(≧∀≦)

    実は、翌日のクリスマスイブの日から、友達に紹介してもらった、長野県白馬五竜とおみのスキー場のレストランに1カ月ほどの予定でスキーを兼ねたアルバイトに行く予定にしてたの

で、しばらく顔を見ることが叶わないから会って欲しいとお願いをし、そして告白をするつもりでいたんやけど...その願いが叶うことはなかった(≧∀≦)

   翌日のクリスマスイブには、夜に梅田の確か、今のヨドバシカメラ辺りやったと思うんやけど、長野のスキー場行きの夜行バスに一人で乗り込んだ。乗り込んだは、いいけど...バスの中はカップルばっかり(≧∀≦)

    私の席は、一番前の運転手のそば...

    当時、どんなことを考えてたんかはもう忘れてしもたけど、話し相手もおらず「楽しいハズがない!」わな(≧∀≦)

     そんなんで、とっとと寝てしもたと思うんやけど、苦労はそれだけではなかった(≧∀≦)

     翌朝(とは言っても、まだまだ暗かったんやけど)にバスを降りて、重たい荷物とスキー板を担いで、JR大糸線の「神城」って駅からバイト先のレストランを探して雪道(しかも登り坂)

をテクテクと歩き出した。道の両脇は、レストランやペンションが立ち並んでて、それらを物色しながら歩いたんやけど...

なかなか、目的のレストランを見つけられずに往生して、ヘトヘトになりかけの頃に、灯りの見えたペンションに飛び込んで、目的地がどこか尋ねたと思う(≧∀≦)

   そしたら、目的地は、目と鼻の先、飛び込んだペンションの斜め前の建物であると分かり、その場にへたり込みそうな気分になったん違うかったかなぁ?

    気をとりなおして、目的のレストランの正面玄関(ゲレンデ側)に回り、ようやくたどり着いた(^^)

     レストランのオーナーの奥さんがニコニコしながら出迎えてくれて挨拶をした。綺麗な明るい性格の30台半ばくらいの人でなんかほっとした気持ちになったと思う...ちょうど、ゲレンデを見渡すと、朝日が昇り始めてて、とても綺麗な朝やったなあ〜(^^)

    レストランは、実は、オーナーが自身で設計したもの。コンクリート打ちっ放しの確か地下1階を含む3階建で、1階がレストランと厨房に裏手には食材の倉庫なんかのスペース。地下1階は、風呂場やら、スキー板のメンテナンスなんかを行なうスペースに、みんなが集まってくつろげる6畳くらいの部屋ががあって、2階部分が寝室やら、オーナーの仕事部屋があったん違うかったかなぁ❓随分と昔の話しやから、正確には覚えてないんやけど...😅レストランのフロアは、真ん中にペチカがあって、それを丸く囲むようにカウンター状のテーブルがあって、その周りの他のスペースには6人掛けくらいのテーブルがいくつか配置されてたと思う(≧∀≦)

テーブルと椅子は、赤と黒を基調としたものでイタリア🇮🇹から取り寄せたものと教えてもらったと思う。さすが建築家だけあって、インテリアにもこだわってはった。

    オーナーは、スキーのシーズン以外は、明石市の建築事務所で一級建築士として仕事をしながら、スキーのシーズンになると、家族で五竜とおみにやって来てレストランを経営しながら建築の仕事もこなし、空いた時間にスキーを滑るという、なんとも大変❓あるいは優雅な❓ような生活を送ってはった。オーナーのスキーの腕前はプロ級で、確か、教員の資格も持ってはって、一緒に滑った時には色々と教えてもらった^_^

    まあ、話し出すと長くなるけど、ここのレストランのバイトは、本当に楽しくて、色んな人達...高校生もいたし、もちろん大学生も同じ大学から他の大学の学生もいたし、社会人では、料理家を目指してアメリカで修行を積んでるとかいう人もいたし...実は2年続けてバイトに行ったんやけど、その間に色んな人達と出会い、事件❓エピソード❓もたくさんあって色んな思い出があるんやけど...長くなるから、その話しは別の機会にして、クリスマスイブの話しに戻ろう(≧∀≦)

   そうそう、初日にナイターで滑ったんやけど、その日は、静かでしんしんと粉雪が降り続いてて、とてもロマンチックな夜やった(≧∀≦)

   スキー場の夜の景色...

   ナイターの照明に水分の少ない軽い粉雪が静かに降りしきる夜...周りの樹木の枝は白く雪化粧されてて...

    本当に、おとぎの国に迷い込んだかのような綺麗な景色やったと思う(≧∀≦)

     そんな中、リフトに乗ってたら突然、山下達郎の「クリスマスイブ」がゲレンデに流れ出した...

    今でこそ、もうベタな曲になってしまったけど当時は、確か、JR東海のCMで、深津絵里やったかなぁ❓違うかな❓とにかく、個性的な女優さんが、恋人と離れるのか、どんなストーリーか忘れたけど、駅のホームで列車が走り去るのを見送るみたいなCMに使われてた曲で、まだまだ新鮮やった...

    その曲が流れてきた途端に、何故か目頭が熱くなってしもて...熱い、大粒の涙がとめどなく頬を伝い...

     恥ずかしながら泣いてしまってた(≧∀≦)

     長くなったので、この辺で。

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2017.11.26(日) 音楽の話しの続き...その1 梅田阪急百貨店 Turry,s Coffeeにて

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 青島係長  

『事件は、会議室で起きているんじゃない❗️』『現場で起きているんだ❗️』

 係員A

『いいえ、違います❗️係長...』

『事件は、やっぱり会議室で起きていました…』

 

   今日は、11月26日の日曜日。24節気では、小雪(22日)を過ぎて大雪(12月7日)に向かうところ。

   今月の8日に、テニスのダブルスの試合中に左足の膝裏の靭帯を痛めてしまい、テニスはもちろん、ダンスもパーソナルトレーニングも出来ない状態で約3週間が過ぎた😿

    怪我をした翌日に整形外科に行き、MRIを撮ってもらったら、不幸中の幸いにも靭帯は切れてなく、半月板も損傷していないとのことやったんやけど…「完全に痛みが引くには今月いっぱいは掛かるでしょう」と言われてしまった。言われた通り、大分と痛みはマシになったようには感じるんやけど、未だ少し腫れてて痛みがある。本当は昼からダンスとテニスの日やねんけど…仕方ないから諦めることにして7時過ぎから1時間だけウォーキングに出かけることにした。

    今朝は、最後にウォーキングのコースを外れて、公園の内部に入り、少し散策をしてみた。

    もう寒さが沁みるからか❓今朝は遅すぎるのか❓人はまばらで、芝生の上のベンチに座って何やら考え事をしている、老人と呼ぶにはまだ少し若い男性と、大きな木の幹に足をかけて、脚の腿裏のストレッチをしてはる少しイカした感じの高齢の女性くらいしか目に入らなかった。でも、なんか素敵な風景やなと感じた…

    大学生の頃に、友達と旅行で訪れたカナダのトロントという町の朝の風景に少しだけ似てるように感じたからか…もちろん、昆陽池公園トロントの町の美しさには程遠いんやけど、白鳥に、カモ🦆やらユリカモメなんかの水鳥がいてて、芝生の広場もあるし、木々の緑も豊かで...確か、トロントの町を散策してる時に、「現役をリタイアしたら、こんな綺麗で静かな町で余生を過ごせたらいいなぁ〜」って思ったと思うねんけど、「昆陽池公園でも充分か⁉️」って思った(≧∀≦)まあ、今は母親と一緒やから、一人になっても伊丹に留まるかは分からんけど...

    それは、そうと...冒頭に少し書いたけど...「長いこと生きてたら、色んな事件が起きるなぁ(≧∀≦)」って思わされることが、2週間前くらいにあってんけど...

   まあ、そのことにはあまり触れん方がいいかな(≧∀≦)

    実は、2日前の11月24日は、父親の月命日。もう亡くなって11年が経つから父親の想い出について書いても良かってんけど...それは、またの機会にすることにして、ずっと書かな、書かなって気になってた音楽の話しの続きを書こうと思った(^^)。

   私がSAXという楽器に出会ったのは、確か中学生の頃やったんかなぁ❓吹奏楽部の友達の家に遊びに行った時にアルトサックス🎷で、ザ.スクエアの「遠雷」という曲を吹いてくれたんが一番最初の出会いやった。私は、当時、テニス部に所属してて、楽器とは無縁やったし、もともと体育系は好きやったんやけど、楽器の演奏とか、美術なんかの芸術系の学科は苦手やったから縁ないわって思ってたんやけど...友達が吹いてくれるのを聴いて、一発で気に入ってしまったと思う(≧∀≦)

   ただ、その時は、自身でやってみようとまでは思わなかった。でも、その後、ずっと頭の隅に残ってて、「いつか自分も吹いてみよう❗️」

と思ってた。そして、今の市役所に就職してすぐに、同期の女の子に付き添ってもらって、神戸の元町にあるYAMAHAに楽器を買いに行った^_^  買ったのは、YAMAHAのYS62という型番のアルトで、新古って言うのか?展示品を割安に買った。そして、梅田の今のHEPファイブ辺りにあった、YAMAHAのスクールに習いに行ったんやった...

     長くなったから、今日はこの辺で...この続きは近いうちに書こうっと😌

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