2018.1.13(土) 新年初めての記事😊 「阿修羅のこと」 そして、今年はどんな年にしようか?

今日は、2018年1月13日。二十四節気では、小寒(1月5日)と大寒(1月20日)のほぼ中間ということになる。ここ二、三日は本当に寒くて⛄️、テニスやらウォーキングするのもつい億劫になってしもてたんやけど...
今朝は、休みということもあり、7時過ぎまでグッスリ寝てた😳。 でも、天気そのものは寒いけど快晴で風もなかったので、少し遅いけど、ウォーキングに出かけようと思った。
いつものように朝食の準備をして食事を済ませてから昆陽池公園に出かけた。寒さ対策は万全にと思い下はスェットジャージの下にタイツを履いて、靴下を2枚重ねて履き、上はUNIQLOで買ったヒートテックの長袖タートルネックシャツの上にジャージとスエットパーカーを重ね着して、更にその上から学生の時に買ったSt.Christopherのテニス用ウィンドブレーカーを羽織って、手袋も2枚重ねて嵌めて出かけた...なんか、モコモコしてしもて動きづらい気がしたけど、歩いてる時に手の指先や足先が冷たくなると辛いので仕方がない…
去年の年末の23日にブログを更新してから、あれよあれよという間に、新年を迎えてしまい、さらに2週間も経ってしもた(≧∀≦)
ただ、何を書けばいいのか悩んでて、ずっと気にはしてたんやけど...音楽の話しも、中途のまま終わってて(≧∀≦)
それで今朝、ウォーキングをしながら考えてたんやけど、普段、本や新聞を読んでは、書込みしたり、記事を貼り付けたりしているノート📓をブログで公開してもいいんかな?とか...
ニーチェの哲学のことなんかも書いてみたいなとか...
でも、とりあえず新年始めのブログは、一昨年の12月23日に見に行った奈良の興福寺の阿修羅像について書こうと思った。
阿修羅像は、それまで本でしか見たことがなかった。4年程前に復職支援施設で知り合いになった人と通院する心療内科が一緒でたまたま病院で一緒になった時に阿修羅像の話をしたんやったと思う。それで本物を見てみたくなって一番初めの上司と一緒に見に行ったんやった。
初めて像を見たときの感想は、細くて華奢やなぁ😅って思ったのと、背の高さも153.4cmということなので圧迫感もなく、まさに紅顔の美少年😅。そして何よりもその顔の表情に魅せられた…
眉間を寄せて少しつり上がった両眼。その眼は何を見ているのか…遠くのものを見ているようにも見えるし、何かを思い詰めているようにも見える…小さな口をキリッと閉じて両手を胸の前で合掌するその佇まいからは、胸に秘めるただならぬ意志や想い、あるいは憂いみたいなものを感じざるを得ない。
「何かを後悔し、悔い改めようとしているのか?」とか「仏教の守護者としての想いみたいなものを体現しているのか?」とか想像力を働かせるんやけど…よくわからなかった。
そこで、興福寺の土産物屋さんで購入した本の中から読んでみて興味深かった内容を書いてみようと思った。
ー以下の記事は「阿修羅を究める」より。ー
「阿修羅は古代インドの神で、インド名をアスラという。アスラはもともと「戦闘の神」で、激し い気性の持ち主である。
鎌倉時代の「北野天神縁起絵巻」には、阿修羅による戦いの場面が描かれている。阿修羅は手に弓と矢を持ち、牙を上に向け三つの顔と六本の手を持つ。一番上の手には太陽と月をシンボルとして持ち、身体は怒りを直接表すように赤く塗られている。
阿修羅の戦う相手は、インドの神々の中心であるインドラ(帝釈天)である。しかし、阿修羅は帝釈天にどうしても勝つことができず、戦うことの苦しみを負うことになる。苦しみは業となり、阿修羅道として、地獄道、餓鬼道、畜生道、人道、天道とともに六道の一つに数えられ、畜生道と人道の間に位置付けられる。人間は心の中でさまざまに葛藤し、絶えることのない苦しみを持っている。阿修羅は人間の心の業を象徴的に表しているともいえる。
古代インドの神々と同様に、阿修羅も仏教が成立し発展してゆく中で、仏教の中に取り入れられ、仏教に敵対するものを威嚇し退散させる守護神としての役割を持つようになる。
阿修羅の帝釈天に挑む激しい戦闘の力は、仏教に対抗する者に向けられるのである。
このようなインド神話に由来する「戦闘の神」としての阿修羅は、すでにふれたように怒り顔、三つの顔、六本の手、赤い肌で表すのが一般的である。
興福寺の阿修羅像も形は同じであるが、表情からは怒りがまったく消えている。戦う神としての激しさはまったく見られない。(「阿修羅像の意味するものー興福寺阿修羅像の美と形」金子 啓明著より抜粋)
おそらく、たがいに眼をいつまでもジーッと見つめ合わせていられるのは、たがいに信じ合い、愛し合い、哀しみ合っている者同士ではないだろうか。
阿修羅の場合、阿修羅のまなざしを「見ている」ときは、それは遠くをはるかにやさしく見ているようなまなざしに見える。しかし、真正面からそのまなざしとかち合うと(あるいはそのまなざしに射すくめられると)、それは深く貫き通すようにきびしいまなざしに見える。阿修羅はやさしいまなざしときびしいまなざしの二つを持っている。
阿修羅はなぜ、やさしくだけでもなく、きびしくだけでもなく、二つの相反するまなざしを持っているのか。それこそが堀辰雄が「切ないまなざし」と表現した理由なのではないか。
「切ない」とは、心に深く感じ、悲しさ恋しさに胸がしめつけられるような気持ち、息苦しくなるようなおもいをいう。
この阿修羅はなぜ、こんな切ないまなざしをしているのだろうか。あるいはこの切ないまなざしは何を意味しているのだろうか。それは、おそらく阿修羅が「人間の奥深くにある」悩みや悲しみや苦しみを受け止め、ともに悩み、ともに悲しみ、ともに苦しんでいるからではないだろうか。
この阿修羅のまなざしは、人間を慈しみ救う慈愛や救済のそれではない。慈愛の目にみち救済の手をもった仏たち、観音や菩薩や如来はほかにたくさんいる。
阿修羅のまなざしから伝わるものは、たとえ慈しみ救うことはできなくても、ひたすら苦悩を共にしようという「共苦」、悲しみを共にしようという「共悲」の意志である。
阿修羅はもともと六道という悩みや苦しみ悲しみの世界に住んでいる鬼神という。だからこそ、人の悩み苦しみ悲しみを共にしてくれるのではないか。
阿修羅は高い所から慈愛をたれたり、救いの手を差し伸べるというのではない。弱く愚かで罪深い私たちの傍にいて、ひたすら苦しみを苦しみ、悲しみを悲しんでくれるのである。だから、こんなにも「切ないまなざし」をしているのである。(「阿修羅と現代人の癒し」立川 昭二著より抜粋)
紀元後四世紀ころ、土着の古神たちと結びついたバラモン教は、様相、内容も新たにヒンドゥー教として台頭する。
その精神の中核となるのが、インドの二代叙事詩、「ラーマーナヤ」と「マハーバーラタ」である。その原形は紀元前二世紀頃に形作られた。「マハーバーラタ」はヒンドゥー教の興隆とともに、全18編;約10万の詩句からなる大叙事詩として、約六百年をかけて完成された。戦史に神々の物語や、民間説話が加わったものである。
インドラは世界を支配して驕りたかぶり、傍若無人の振る舞いをするようになった。インドラの威光は陰り、神々とアスラの戦闘が始まった。神々は押されに押された。神々は、母がアスラではあるがヴェーダをマスターした若き聖人ヴィッシャルーパのおかげで助かった。だが、インドラは彼の出自を危ぶみ、後顧の憂いを断つべく最強の兵器ヴァジラー(雷光)で彼を殺害してしまう。ヴィッシャルーパの父トワシュタは復讐を誓い、盛大なヴェーダの祭りを催した。
その聖火の中から出現したのが勇者ヴリトラである。不死身のヴリトラ率いるアスラと神々の戦いが再燃した。さしものインドラも攻めあぐね、神々の敗勢は明らかになった。いったんは和平した神々とヴリトラだが、ヴィシュヌ神の協力を取り付けたインドラと、海辺で両雄最後の戦いが始まった。
はてしない激闘も、ついにインドラ得意の武器、ヴァジラーで決着がついた。彼は、ヴリトラの唯一の泣き所、口の中に雷光を打ち込んだのである。以後、インドラはヴリトラを殺した英雄=ヴリトラ.ハンとも呼ばれるようになった。しかし、欺瞞に満ち、卑怯な振る舞いの多かったインドラはやがて名声を失い、世界の王の座を退去した。
ヒンドゥー教の世界では、アスラは神々と戦い敗れた魔神である。だが、インドラなどヴェーダの主だった神々も力を失ってしまった。ときは流れ、時代の覇者クリシュナ=ヴィシュヌとルドラ=アスラの出現である。ルドラ=アスラは山岳信仰と合体し、シヴァ神に変貌を遂げる。(「阿修羅とは何か」ー古き神々の没落 森谷 英俊著より抜粋)

2017.12.24(日) クリスマスイブ、聖なる夜に思うこと...(≧∀≦)

「雨は夜更け過ぎに、雪へと変わるだろう...
silent night holly night♬
きっと君は来ない...一人きりのクリスマスイブ
...」 ♬ 山下達郎「クリスマスイブ」
今日は、12月24日。クリスマスイブや🎅
前回の更新から、約1カ月も経ってしまった(≧∀≦)
音楽の話、特にサックス🎷を習ってた頃の思い出について書かなあかんあかんって気になってはいたんやけど、ついつい先延ばしにしてたら、いつのまにか今日を迎えてしまった(≧∀≦)
でも、今日は、音楽の話しよりも、別のことについて書こうと思った(≧∀≦)
今朝は、5時半に目が覚めて冷蔵庫の中にラップをして冷凍保存してある、ご飯の塊を探したら切れてたので、昨日買ったキヌアを1合と白米を3合の割合で、ご飯🍚を炊いた。その間に、鯖を焼いて、納豆を作り、あさりの味噌汁を作った。我ながら、随分と料理の手際が良くなった気がして嬉しいのやら悲しいのやら、よう分からん気持ちがした(≧∀≦)
今日の天気予報では、昼頃から次第に天気が悪くなるとのことなので、尼崎のテニスは諦めるとして朝のウォーキングと昼からダンスのレッスンを受けるつもりで、昆陽池ウォーキングに出かけた。案の定、どんよりとした曇り空やったけど、冷たく澄んで、ピーンと張った空気が気持ち良かった(^^)
いつものことやけど、iPhoneで好きな音楽を聴きながら歩いてて考えを巡らせていたら、「そやそや、前回から随分と時間が経ってしもたし、しかも今日はクリスマスイブ🎄やねんから、クリスマスイブの思い出について書いたらいいやん!」と思い立ち、歩きながら、ずっと何を書くか考えてた(≧∀≦)
でもクリスマスに関しては、 今まで特にいい思い出はない(≧∀≦) 昔(遥か太古の昔...というほどではないがかなり昔(≧∀≦))に付き合ってた女の子とも、特に一緒に過ごした思い出はないし、たいがい、いつも一人で、この日が来ると「早く、過ぎ去ってくれたらいいのに...」って布団に潜り込みながら思ってたと思う...
もっとも、もうクリスマスイブだ、へちゃくれだのと騒ぐ年齢はとうに過ぎたんやけど...
ただ、そんな私にも、たったひとつだけ忘れられないクリスマスイブの想い出がある(≧∀≦)
あれは、確か、大学4回生のことやから31年前か...
当時、アルバイトを通じて知り合った女の子を好きになって、クリスマスイブの前日に思い切って、電話で「会って話がしたい」ってお願いしたんやけど...あっさり断られてしまった(≧∀≦)
実は、翌日のクリスマスイブの日から、友達に紹介してもらった、長野県白馬五竜とおみのスキー場のレストランに1カ月ほどの予定でスキーを兼ねたアルバイトに行く予定にしてたの
で、しばらく顔を見ることが叶わないから会って欲しいとお願いをし、そして告白をするつもりでいたんやけど...その願いが叶うことはなかった(≧∀≦)
翌日のクリスマスイブには、夜に梅田の確か、今のヨドバシカメラ辺りやったと思うんやけど、長野のスキー場行きの夜行バスに一人で乗り込んだ。乗り込んだは、いいけど...バスの中はカップルばっかり(≧∀≦)
私の席は、一番前の運転手のそば...
当時、どんなことを考えてたんかはもう忘れてしもたけど、話し相手もおらず「楽しいハズがない!」わな(≧∀≦)
そんなんで、とっとと寝てしもたと思うんやけど、苦労はそれだけではなかった(≧∀≦)
翌朝(とは言っても、まだまだ暗かったんやけど)にバスを降りて、重たい荷物とスキー板を担いで、JR大糸線の「神城」って駅からバイト先のレストランを探して雪道(しかも登り坂)
をテクテクと歩き出した。道の両脇は、レストランやペンションが立ち並んでて、それらを物色しながら歩いたんやけど...
なかなか、目的のレストランを見つけられずに往生して、ヘトヘトになりかけの頃に、灯りの見えたペンションに飛び込んで、目的地がどこか尋ねたと思う(≧∀≦)
そしたら、目的地は、目と鼻の先、飛び込んだペンションの斜め前の建物であると分かり、その場にへたり込みそうな気分になったん違うかったかなぁ?
気をとりなおして、目的のレストランの正面玄関(ゲレンデ側)に回り、ようやくたどり着いた(^^)
レストランのオーナーの奥さんがニコニコしながら出迎えてくれて挨拶をした。綺麗な明るい性格の30台半ばくらいの人でなんかほっとした気持ちになったと思う...ちょうど、ゲレンデを見渡すと、朝日が昇り始めてて、とても綺麗な朝やったなあ〜(^^)
レストランは、実は、オーナーが自身で設計したもの。コンクリート打ちっ放しの確か地下1階を含む3階建で、1階がレストランと厨房に裏手には食材の倉庫なんかのスペース。地下1階は、風呂場やら、スキー板のメンテナンスなんかを行なうスペースに、みんなが集まってくつろげる6畳くらいの部屋ががあって、2階部分が寝室やら、オーナーの仕事部屋があったん違うかったかなぁ❓随分と昔の話しやから、正確には覚えてないんやけど...😅レストランのフロアは、真ん中にペチカがあって、それを丸く囲むようにカウンター状のテーブルがあって、その周りの他のスペースには6人掛けくらいのテーブルがいくつか配置されてたと思う(≧∀≦)
テーブルと椅子は、赤と黒を基調としたものでイタリア🇮🇹から取り寄せたものと教えてもらったと思う。さすが建築家だけあって、インテリアにもこだわってはった。
オーナーは、スキーのシーズン以外は、明石市の建築事務所で一級建築士として仕事をしながら、スキーのシーズンになると、家族で五竜とおみにやって来てレストランを経営しながら建築の仕事もこなし、空いた時間にスキーを滑るという、なんとも大変❓あるいは優雅な❓ような生活を送ってはった。オーナーのスキーの腕前はプロ級で、確か、教員の資格も持ってはって、一緒に滑った時には色々と教えてもらった^_^
まあ、話し出すと長くなるけど、ここのレストランのバイトは、本当に楽しくて、色んな人達...高校生もいたし、もちろん大学生も同じ大学から他の大学の学生もいたし、社会人では、料理家を目指してアメリカで修行を積んでるとかいう人もいたし...実は2年続けてバイトに行ったんやけど、その間に色んな人達と出会い、事件❓エピソード❓もたくさんあって色んな思い出があるんやけど...長くなるから、その話しは別の機会にして、クリスマスイブの話しに戻ろう(≧∀≦)
そうそう、初日にナイターで滑ったんやけど、その日は、静かでしんしんと粉雪が降り続いてて、とてもロマンチックな夜やった(≧∀≦)
スキー場の夜の景色...
ナイターの照明に水分の少ない軽い粉雪が静かに降りしきる夜...周りの樹木の枝は白く雪化粧されてて...
本当に、おとぎの国に迷い込んだかのような綺麗な景色やったと思う(≧∀≦)
そんな中、リフトに乗ってたら突然、山下達郎の「クリスマスイブ」がゲレンデに流れ出した...
今でこそ、もうベタな曲になってしまったけど当時は、確か、JR東海のCMで、深津絵里やったかなぁ❓違うかな❓とにかく、個性的な女優さんが、恋人と離れるのか、どんなストーリーか忘れたけど、駅のホームで列車が走り去るのを見送るみたいなCMに使われてた曲で、まだまだ新鮮やった...
その曲が流れてきた途端に、何故か目頭が熱くなってしもて...熱い、大粒の涙がとめどなく頬を伝い...
恥ずかしながら泣いてしまってた(≧∀≦)
長くなったので、この辺で。

2017.8.23 処暑... そして初稿から丸1年(_ _).。o○
「人生はビスケットの缶だと思えばいいのよ...
ビスケットの缶にいろんなビスケットが詰まってて、好きなのとあまり好きじゃないのがあるでしょ?それで先に好きなのをどんどん食べちゃうと、あとあまり好きじゃないのばかり残るわよね?私、辛いことがあるといつもそう思うのよ。今これをやっとくと後になって楽になるって。人生はビスケットの缶なんだって。」 by.緑 (村上 春樹 著「ノルウェーの森」より)

今日は、2017年8月23日。二十四節気では「処暑」。そして、このブログの初稿からちょうど丸1年が経った(*'ω'*)
「処暑」とは暑さが止むという意味の時候で、暑さのピークが過ぎつつある時期のことだそう。(でも、まだまだ暑い😵んやけど💦)
冒頭に、村上春樹の小説「ノルウェーの森」の登場人物、緑の言葉を引用させてもらった。
なんでかと言うと、単純に気に入ったから(o^^o)
いろんな本を読んできたけど、こんなにしっくりというか腑に落ちた言葉はなかったような気がする(_ _).。o○
村上春樹の小説は、なんか好きでいろいろと読んだ。比喩的な表現が多くて文章が綺麗な感じがするのと、ファンタジックなストーリーに、もともとが関西出身の作家なのも割に身近に感じるからやろか?
あまり面白いとかではないんやけど、なんか惹かれるんやな(_ _).。o「ノルウェーの森」も2回読んだんやけど、正直、最初に読んだ時にはあまりピンと来なかったm(__)m。でも何年か経ってから読み返してみたら、こんなに切ないというかやり場のない哀しみに満ちた小説やったんやって改めて思ったm(__)m。
特に、直子の20歳の誕生日を僕と二人で直子のアパートで祝う場面は、直子が可哀そう過ぎて思わず本を閉じてしまった...
結局、直子は自殺してしまう。僕は緑という直子とは対照的な女の子に惹かれていくんやけど、その緑という女の子が発した言葉で印象的やったんが冒頭のセリフ。人生には、辛いことや悲しいことが、たくさん起きるけど実はあらかじめ量が決まってて、最初に辛いことや悲しいことをたくさん経験しておくと後は楽しいことばかりで楽になるって、とても公平な感じがして素敵な考えやと思う(o^^o)
実は前の職場で、まだ2年目やけど優秀で仕事を一生懸命に頑張ってる女子職員(大学の後輩でもある。)がいてて彼女に随分と世話になったから、彼女へのお礼のメールの中でも紹介させてもらった言葉でもある。
楽しいことばかりで、一人勝ちみたいな人生なんてあり得ない...辛いことや悲しいことをたくさん経験したら、その分楽しいことが待っている...人生って結局、Fifty・Fiftyなんやって思えたらほんと気持ちが楽になるような気がする。もちろん、不可抗力みたいな不幸に
見舞われる人もおるやろうけど、それはそれで仕方ないし...あくまで気持ちの上での話しやから良しとしとこm(__)m
人は誰しも、主観的に世界を見てて、まったく同じ景色を見てる人なんて実は居ないんだというのであれば、幸福感もまた然りなんやろな。同じことを経験しても感じかたは人それぞれに違う。だから、何事が起きたとしても不幸とは捉えずに出来る限り前向きな強い気持ちでドンマイドンマイって流せるようになれたら一歩でも幸せに近づけるん違うやろか?

2017.3.13(日) ああ、ようやく断酒から1年(≧∇≦)
今日は、3月13日。記念すべき、断酒してから1年目の日や(^_-)。そして、それを祝福してくれるかのような素晴らしい好天気(^o^)
春分の日まで、1週間ほどあるけど、今日は本当に日差しがたっぷりあって穏やかで、それでいて時折、感じられる風も少しだけヒンヤリしててなんとも爽やか...(๑˃̵ᴗ˂̵)
今日は、朝、昆陽池を歩くのは、お休みして久しぶりに7時過ぎまでグッスリ寝てた(^_-)
そのせいか、とても頭もスッキリしててクリアな感じがする。
朝食前にシャワーを浴びて、軽くストレッチと腹筋をしてからリビングに掃除機を当てて、イオンモールに晩飯の材料を買い出しに出かけた。今晩は、菊菜とアボカドと鶏の胸肉を使ってサラダを作るんと、ハタハタの干物を買ったからフライパンで軽く焼いて、ポン酢で食べよか(^o^)
買い物の前に、ワイシャツをクリーニング屋に預けてからスターバックスに入り、アイスカフェモカのグランデサイズを頼んだ。
最近、喫茶店に入って、本を読んだり、絵を描く練習をしたり、英会話を勉強したりするのが気に入っている(^o^)家の机は、あまり大きくないし、ノートパソコンが、どっかと場所を占めてて、あれやこれや物が多いから本やらノートを広げるスペースが狭いんやけど...喫茶店の机なら余計な物乗ってないから、広々と使えるのがいいわ〜(^_-)それに、スマホの充電が出来るとこもあるし。なんせ、コーヒーやら飲み物を飲みながら、ゆったり落ち着いて考えを巡らせたり勉強出来たりするのがいいわ〜
英会話の勉強に15分、絵の練習に15分、30分から1時間を本読んだり、ノート書いたりして過ごしたらちょうど1時間から1時間半。コーヒー1杯が500円として、ワンコインで1時間半、充実した時間を過ごせたらコストパフォーマンスとしては結構、いい方違うんかな❓
まあ、そんなんで昼前まで喫茶店やら買い物して過ごして、昼の2時からのダンスのレッスンに向かう途中に何気に、エアサプライの曲を聴きながら、ブログを更新しよ(๑˃̵ᴗ˂̵)って思ったんや...この続きは、ダンスのレッスン終わってから書こ(^_-)

ただいま、16時半。ダンスのレッスンが終わって、ブライアンアダムスのHEAVENを聴きながら、あまりにも今日は天気も最高で気持ちがいいから、このまま家に帰るんもったいないなあ思って、扇町通りに面した曽根崎東の交差点からすぐのところにあるTuLLy's Coffeに入って、続きを書くことにした。
それにしても、ブライアンアダムスなんて聴くのも久しぶりやなぁ(^o^) 高校生時代によう聴いたから80年代の曲やろけど今だに聴いてもカッコイイなぁ〜やっぱりいいものはいつまでも色褪せへんねんなぁ〜...色褪せないと言えば、最近、またアディダスのスタンスミスやらスーパースターが流行ってるらしい。ダンスのレッスンの時に女の子が、靴の話ししてるの聞いてたら、スタンスミスよりもスーパースターの方が人気なんだとか...
スタンスミスと言えば、大学生の頃に流行ってた。最近は、値段が高過ぎるんと、皆が履きすぎて価値が下がってもうたような気がするからよう買わん(_ _).。o○ グローバルワークで買った3千円そこそこのスニーカーに冗談半分にマジックでアディダスのトリコロールマーク描いたろか❓まあ、私はどちらかと言えばナイキをよう履くんやけど...(値段もそんなに高くないし、細身なんが気に入ってる(^_-)) でもスタンスミスも確かにいいなぁ〜 でも、大学時代、あんなに流行ったk-swissやらTretonはどうなってんやろう?
...
スタンスミスを今履くんやったら、グレーのベルクロタイプかな?(๑˃̵ᴗ˂̵) あれは、オシャレな女の子が履いてても可愛いいし男が履いてもカッコイイって思う。
それから思うんは、MA-1ジャンパーを着てる女の子が増えてるん違うやろか?なんか多いような気がするんは気のせいかな?季節的に少し春めいてきて外出する時に羽織るんにコートでは少し重過ぎるからちょうどいいんかな?これも、大学生の頃か?映画の「トップガン」でトムクルーズが着てるの見てカッコイイってなって流行ったん違うかったかなぁ❓
なんか、そうやって考えたらファッションの流行りもあんまり進化がないのか、流行も繰り返すものなんか...
まあ、そんなことは大したことではないけど...
そうや、断酒して1年経った話しをもっと書かな!(≧∀≦) ってか、そろそろ家に帰ろか...
続きは家に帰ってからにしよ(≧∀≦)
という訳で、早速続きを書こか。
断酒して1年やけど、タバコも去年の5月に辞めたから後2カ月もしたら禁煙も丸1年になるなあ〜。我ながらよう頑張ったなぁ〜(๑˃̵ᴗ˂̵)
ダンスもあと3カ月で丸1年になるし...ほんま、去年ほど色々あった年も珍しいっていうか確実に人生の分岐点になった気がする(≧∀≦)
自分に自信が持てなかったり職場の人間関係に苦しんで休職した挙句にアルコール依存性に
陥ってしもたけど、S保健師さんやT先生と巡り合って助けてもらってアルコール依存性から脱して...はたまた、「嫌われる勇気」を読んだことがきっかけでアドラー心理学と出会い、これまで自分が悩んできたことが実は悩む必要のないことであったことが分かって本当に気持ちがラクになったんやった(^o^)
そして、残りの人生を悔いなく生き抜くためにこれまでのライフスタイルを変えるべく色々と勉強したし素晴らしい人達との出会いもあった(≧∀≦) 年末近くには、一番、最初の上司とも再会を果たして、それがきっかけで昔の先輩達とも会えたりしたんやった(^o^)
ようやく自分の人生にも追い風が吹き始めたような気がする(≧∀≦)
これまで苦しんできたことは決して無駄ではなかった...
ニーチェも、今の自分はこれまでの自分から生まれてきたものだとし辛いことや耐えがたいことに遭遇するのが人生であってそれらもまた今の自分を形成する要素の一つだと...
過去の自分という全体が、今の自分という全体につながっていて見たくない部分に目を背けるのではなく、それらの辛いことも自分の一部として認めたときに新しい強い自分がそこから生まれてくると...
そう言われたら、そうやなあ(≧∀≦)確かに人生って、時間の連続体であって、自分に都合の良いとこだけ切り抜くなんて出来ひんもんな(≧∀≦)
やっぱり、ここでも「人生とは刹那の連続である」を思い出すなぁ...
自分の人生の日々を大切に丹念に生きること...そうすることで一片の後悔も生まれなくなり、すべてが美しくなると...
西野カナの「君って」って曲の中に、「何にも無駄じゃないと教えてくれた...君が頑張るから負けたくない...二人なら叶えられるでしょう〜」って歌詞があるけどニーチェの言ってることと重なるような気がするねんけど、どうなんやろー⁈
まあ、今日は記念すべき日でえらい長くなってしもたからそろそろ終わっとこ(^_-)

2017年1月5日(木)今年、初めてのダンス(^_−)−☆
仕事始めから2日目。今日は、去年の年末から2日まで、東京から19歳の姪が帰省してきたの、元旦に有馬温泉♨️に連れて行った時の話しを書こうと思ってたんやけど...

(太閤の湯に浸かって来ました(^_^*)

(昼食は、明石焼きと生シラス丼)を食べました。)

(吉高屋:お土産屋さんで、年賀状替わりの絵葉書を購入。)

急遽、変更てダンスのレッスンの話しや(^_−)−☆
昨日のHさんのダンスのレッスンが休講やったため、今日、今年初めてのダンスのレッスンを受けることにした。インストラクターは、オカマちゃんのPさん(^_^*)
普段は、月・水・金・日と1日おきにレッスンを受けてるので木曜日はホンマは休みやねんけど...
去年、2回ほど、Pさんのレッスンを受けてるから、その独特の世界観と生徒の女の子のレベルの高いんは知ってたので期待していったら案の定、期待は裏切られへんかった(^O^)
石原さとみ似のスタイル抜群でキレキレのダンスを踊る女の子が居った(≧∀≦)
なんで、Pさんのレッスンには、こんなにレベルの高い子集まるんやろ??
レッスンののっけから、女の子ばっか6人位に混じって、野郎一人でたじろぎ気味の私...(≧∀≦)
でも、Pさんの独特のオーラ全開で笑いそうになるんを堪えてたら、筋トレの後で、Pさんが
ある女の子に「寝てました?」って聞きはってもう我慢出来ずに笑いのツボにはまってしもて...笑いが止まらんくなったら、今度は、私に向かって「どうしました?」って聞かれたもんやから、もう腹がよじれてよじれて...笑いころげてしもた...
石原さとみ似の女の子も、思わず、もらい笑いしてた...
でも、レッスンの質もレベルが高い(≧∀≦)
みんな、凄いスピードで踊りはる...
あのスピードには、さすがに付いていかれへん(≧∀≦)
ほんでもって、セクシーウォークって呼べばいいのか?ファッションモデルがショーで歩くんみたいに格好つけて歩くんやけど、それだけでも男の私には、十分、恥ずかしいのに歩く前に、各自で身体をくねらせてフリーの振り付けをせなあかんのには参った...(≧∀≦)
恥ずかしいのと、自由にって言われたら逆にどう身体を動かしたらええんか分からへん(≧∀≦)
そんな私をよそに、女の子たちは、思い思いに、ここぞとばかりに自己表現してはる...
全く、恥ずかしいとか関係なく自由に身体を動かしてはる(≧∀≦)
こういう所でも、女性は凄いと思う(≧∀≦)...
いざとなった時の、あの自己表現力...
男の私は、羞恥心で、どうにも動かれへんかった...
まあ、やっぱり女性は偉大やなと思わされたレッスンやった(≧∀≦)
もう遅いから今日は、この辺で終わっとこ(^_^*)
2016.12.3(土)メンタルクリニックに向かう途中
今日は、主治医にかからなあかん日。朝、4時に目が覚めて、朝食を簡単に済ませて、昆陽池を2時間ほど歩いた(o^^o) まだ、暗かったけど、冷んやりとした空気がなんとも心地いい...
それと、昆陽池の樹々が、紅葉しててなんともいい感じ...歩くんは、やっぱり早朝に限るなぁ(≧∀≦) いつもの通り、iPhoneを持って音楽を聴きながら歩いた。やっぱり、The Rolling Stonesはカッコイイなぁなんて思いながら、「Under Cover Of The Night」と「She Was HOT」を聴いたんや(o^^o) この2曲は、最近のお気に入りなんや❤️ 特に、出勤前とかに聴くと、「さあ、これから行くぞー❗️」って感じでテンションがめっちゃ上がるからええわ(*^◯^*)
それから、Kenny.Gかな...「Shilluette」とか、「Forever in Love」とか、はたまた「Havana」とか「The Moment」とか...
Kenny.Gは、私が最も尊敬するアーティストで、もう、その圧倒的なソプラノサックスの音色の美しさ、崇高さ、パワーには、「逆立ちしても絶対に真似出来ひんはΣ(-᷅_-᷄๑)」って思ったんやった。実は、サックスは、今の市役所に入って、すぐにYAMAHAのポピュラーミュージックスクールに通いだして、最初は、アルトサックスやってんけど、Kenny.Gに憧れて、ソプラノサックスに転向したんやった...サックスは、15年くらい習ったんかな?色んな思い出があるし...同じ、O先生に習ってる生徒同士、毎土曜日に尼崎のクボタの体育館みたいなところに集まって練習会したり、神戸の外国人倶楽部やっっけ?でみんなで出演というか発表会を兼ねて演奏したり、はたまた、同じ練習仲間のFさんが突然、出張先で亡くなられて、O先生も含めて、みんなで芦屋まで葬儀に参加して、追悼に「星に願いを」を演奏したり...でも、一番の思い出は西宮北口のYAMAHAのホールで、ピアノの女性と2人でKenny.Gの「Forever in Love」を楽譜無しで演奏したんと武庫之荘のライブハウスで、David Sanbornの「Dream」という曲を1人で演奏したことかな。
まあ、SAXに関しては、他にもいっぱい思い出があるけど、結局、練習時間の確保や練習場所の制限の問題と自身の才能というか、センスというか...まあ、才能云々と言えるほど努力した訳ではないねんけど(。-_-。)まだ、学生時代から基礎をキチンと学んでたらましやったんやろうけど...結局、限界を感じで辞めてしもたんやった...でも、今でも曲を聴くんは好きやなぁ...
特にKenny.Gは...
「Shuillette」は、なんかこう、空を小鳥が自由に飛び回ってたり、音というかフレーズが天に向かって、うねりながら昇り詰めていって、ついには天を貫いてしまいそうな勢いがあってもう圧巻やし...「Havana」って曲は、それこそ、キューバの首都やから、カリブ海か?の海面上をソプラノの音色が、滑りながら走っていくようなイメージやし、「Forever in Love」も、ソプラノ独特のハイトーンノートが天を貫く感じで大好きやし...他にも、「The Moment」とか、「Sentimental」も大好きやし、クリスマスに因んだ曲をたくさん集めた「Milacles」の中に収録された「ブラームスの子守唄」の音色の綺麗さは、ハンパないって思うし...この曲は、自分でもコピーしたんやった(^-^)「White Chlistmas」に、「Have Yourself Little Merry Chlistmas」とか挙げだしたらキリがないからやめとこか...とにかく、Kenny.Gの曲は、天国に流れてるん違うか?っていうくらい音色が綺麗やって思う(≧∀≦)
なんで、こんな話しになってんやろ?今日は、組織論について話すつもりやってんけど、Kenny.Gのことになるとつい熱くなってしまうなぁ...何年か前に三宮の国際会館でコンサートがあった時も行って、その時にロングトーンを披露しはって 肺活量もハンパないって思ったんやった(≧∀≦)
まあ、長くなったから今日はこの辺で終わっとこ(。-_-。)

先生への手紙 No.1 (2016.8.28 日)AM9:30 自宅にて)
先生、いつも感謝しております。なんとか無事に職場の試し出勤も終えれそうです。
ここまで私が、立ち直れたのは本当に先生及び、市役所の保健師さんが私を支えてくださったお陰であると肝に銘じております。お二人の存在がなければ、今頃、私はどうなっていたことやら想像するだけで恐ろしくなります。
今日、こうして手紙という形式を取らさせていただいたのは下記の理由があります。
1.発達障害を抱え、口頭だと伝えたいことが漏れてしまう。
2.文章という形で記録に残す。(書いたことには責任を持つ。)
3.先生の許可をいただければ、この文書をブログにして公開する。
<植松 務氏のTEDでのプレゼンテーションを見て>
先生、どうも貴重な情報提供、ありがとうございました。植松さんのプレゼンテーションを見れたのも私にとっては成果だったのですが、世界の最先端の現場で活躍されてる方々のプレゼンテーションが見れるTEDというソースがあるということを知れたのも私には大きかったです。今後、TEDで自分の興味のあるプレゼンを見ていこうと思います。
植松氏のプレゼンを見ての感想ですが、とても感動しました。
植松氏は、小学生の頃に学校の先生に自分の夢に対して、「どうせ、お前には無理」という言葉の暴力によって心を傷つけられたと語っておられました。私にも似たような体験があります。私の場合、それは今の市役所に入って5年目か6年目の頃だったと思いますが、上司の「ダメな奴はいつまでたってもダメ」そんな言葉を耳にしました。それを聞いたとたん、仕事を頑張る気が失せました。「どうせダメなら努力する必要ないじゃん」って感じです、植松氏は、「どうせ無理」という言葉を人の夢と可能性を奪うものだとおっしゃってましたが、私の場合、それが「ダメな奴はいつまでたってもダメ」という言葉でした。その時は、何も言えませんでした。しかし、アドラーの教えを知った今、思うことは果たしてその上司は、汚い言葉で部下を罵ることが教育だと思っているのか?そんな言葉を発する以上、自分はどうしたらいいのか解決策を当然持っているのか? 仕事で何かミスがあったのなら、部下と一緒になって原因を探り今後、同じミスを繰り返さないように解決策を一緒に考えるのが上司の責務ではないのか?自分にも大した考えもないくせに、部下を一方的に汚い言葉で罵って、それで上司の責任が務まるなら上司なんか必要ないではないか?なぜなら、部下に自信を失わせ、その可能性を摘み取って、ふんぞり返っているような上司、はっきり言って必要ないのではないか?否、職場にとって害ではないか?...そんなことを思いました。
それから、植松氏が語っておられたことで、もう一つ感銘を受けたのは、「中途半端っていうのは何もしないよりずっといい。人はみんな何かが足りない存在なんだ。だから、足りないことを恥ずかしがることはない。足りないところは、お互いに補いあえばいい。今日、助けてもらったなら今度、自分のできることで返せばいいんだと...」
これは、まさしくアドラーの提唱する「共同体感覚」に近い発想ではないんでしょうか?
お互いの違いを認めつつ尊敬し合い、互いに足りない所は補い合って、そのことで共同体への貢献を通じて所属感(=幸せ)を得る。
植松氏が言いたいのは、まさしくアドラーのいう「共同体感覚」なのではないか?そんなことを感じました。
アドラーは、人間社会の全てのコミュニティにおいて上下関係をなくし、縦の支配・被支配の関係から、横の全ての人が対等で、互いに協力し合う関係へと変換すべきだと言っていると思いますが、私も同感です。なぜなら、やはり今の職場でも権力志向、エリート意識が強くて、自分の支配欲を満たすために出世を目指す人が少なからずいると思うからです。(簡単に言うと、高い役職に就いて偉そうにしたいだけ?)
私自身も、係長という役職に就いていましたが、もうそんな出世競争に加わるつもりは毛頭なく、幸い? 発達障害を抱えているということもありますので、復職時には、係長を辞退して平凡な一職員に戻ります。
この件に関して、先生に教えていただいたTEDで興味深いプレゼンを見つけました。マーガレット・ヘファーナン氏の「職場の順位制をやめよう」というプレゼンです。もし、ご興味がおありでしたら一度、見てください。
<私自身の能力開発について>
先日(8月23日)の面談で、少しお話ししましたが、今、私は自身の能力を開発してみたいと本気で考えております。(理由は以下です。)
1.発達障害者ならではの弱点をカバーしたい。
2.つまらないエリート意識を持った人間にバカにされたくない。(偉そうにするやつに負けたくない❗️)
3.自身がどこまで行けるのか試してみたい。
人間の脳は実は数パーセントしか使われておらず、残りの脳の使い方も分かっていないという考え方があると先日、お話ししました。もし本当ならトレーニングの仕方によっては、飛躍的に能力を向上させることが可能になるかもしれません。試してみる価値は十分にあると思いました。
それから、思ったのですが大事なのはインプットとアウトプットを絶えず繰り返すことなのではないかと...多くの人は、インプット(情報の脳への入力)は、たくさんするけどアウトプット(入力したものを何らかの形で表現する。)が足りていないのでは?と思いました。例えば、芸術家と言われる人たち。楽器演奏者ならば脳にインプットした楽譜という情報を指や口を使ってアウトプット(表現)しています。絵描きならば、目で見たり頭の中で想像したものをキャンバスに表現していきます。要は、それと同じなのでは?と思うのです。アウトプットを行うことによって入力された情報が単なる知識ではなく理解されたものとして頭に定着する...(当たり前のことなのでしょうか?)一度、「理解されたもの」は、他の「理解されたもの」は、他の「理解されたもの」と組み合わせが可能となり、そこから新しい価値やらアイデアが生まれる...そういうことなのではないでしょうか?
この件に関しましては、堀江 貴文氏が自身の著書「本音で生きる」の中で以下の通り話されています。ー以下、当書の抜粋ー
「今の時代、アイデアに価値などなくなっている。あらゆる情報やアイデアは出尽くしていて本当の意味での画期的なアイデアなど滅多にない。必要な情報があればネットを探せば大抵見つかる。ビジネスアイデアにしても、自分の頭の中だけで無理矢理ひねり出そうとしても大したものが出てくるわけがない。しかし、世の中にはアイデアが溢れており、それらを組み合わせてまとめるだけで新しいアイデアなど簡単に生み出すことができる。」ー 「本音で生きる 」P149〜150
「もし、僕が他の人と違って見えるのであれば、それは情報の量だと思う。僕は、きっとあなたが普段見ている情報の量と、桁が一つ違うくらいの量の情報を見ていることは断言できる。大事なのは圧倒的な情報量とその処理数なのだ」ー 「本音で生きる」P151
「さまざまな分野に興味を持って、膨大な情報を取り入れるという作業をずっと繰り返しているうちに自分にとって良質な情報が感覚でわかるようになるとしか言いようがないのだ。」ー 「本音で生きる」P153
「そんなにたくさんの情報を取り入れたら、頭がパンクしませんか?と聞かれることもある。ここに多くの人の誤解がある。個々の情報は記憶するのではなく浴びればいいのだ。」ー 「本音で生きる」P155
「大量の情報を脳という引き出しにいったん全部詰め込む。そうすれば何かのきっかけで引き出しの中の情報と情報がパッと繋がって新しいアイデアが生まれる。起業のアイデアなど、頭を捻って考えるようなものではない。情報のシャワーさえ常日頃、浴びるようにしていれば、アイデアはいくらでも湧いてくる。」ー「本音で生きる」ー P155〜156
「毎日脳にインプットする情報量がしきい値(境界となる値)を超えると、脳の中で情報のネットワークが生まれて、なんらかのアウトプットを発するようになっているのかもしれない。」ー 「本音で生きる」P157
「脳の情報処理能力に関してもちろん多少の個体差はあるだろうが基本的に神経網の仕組みは人間ならほとんど同じだ。膨大な情報を与えれば、誰でも脳内で情報の結びつきが生まれると僕は考えている。」ー 「本音で生きる」P158
「大量の情報が脳に定着し、なんらかのきっかけで情報同士の結びつきが生まれる。このプロセスを最大限効果的に行うには、アウトプットすることと自分で考えることの繰り返しが欠かせない。」ー 「本音で生きる」P158
以上のように、堀江氏の見解を抜粋させてもらいましたが、表現やら多少の違いはあるにせよ、私が考えていることと似ているのではないでしょうか?これからの時代は、単なる知識が豊富なだけではダメ(スマホさえあれば、大抵の情報は難なく手に入る。)で本当に理解されたものとして脳に定着したものをどんどん増やし、それらを組み合わすことによって新しい価値を生み出す、そういうコーディネート力を持った人が強いのではないでしょうか?そのためには、圧倒的な情報を浴び、自分の頭で考えて、何かの形でアウトプットしていく。それの繰り返ししかないと思うのです。
それで私が今、トレーニングとしてしていること、あるいはこれから始めようと考えていることを以下に書きます。(先生の意見や助言が頂ければ幸いです。)
1.できるだけウォーキングを行う。(好きな音楽を聴きながら歩くと普段考えないような考えに思いつくことがある。)
2.自分の思考を出来るだけ、言葉ではなく図化してノートに書いてみる。(物事の本質を見抜く訓練)
3.簡単なイラストを描く練習。(下手でもいいんです。上手くなる必要はない。要は頭と手を連携させて使うことが大事だと思います。)
4.最近、始めたダンスを可能な限り続ける。(ダンスは楽しいし、あらゆる身体能力(筋力、柔軟性、瞬発力、俊敏性、等...)を問われます。なので、理想的な身体作りを目指すならベストなスポーツだと思います。それから、頭を鍛えることと、身体を鍛えることは別物と考えられがちですが、実は、同じというか相互依存の関係にあるのではないかと考えています。「にわとりが先か卵が先か」という議論になりそうですが、僕は身体を鍛えるのが先だと考えています。いくらハイスペックなソフトウェアを準備しようが、それを使いこなせるハードウェアが必要なように...
身体をまず鍛えて、頭も自分で考えることを続けていれば、自ずと身体に見合った頭が出来上がるんじゃないか?そんな気がしています。このことに関しては、千田琢哉という方が、著書「筋トレをする人は、なぜ、仕事で結果を出せるのか?」の中で、こんなことを言っています。
「昔の哲学者たちは筋骨隆々で描かれることが多いが、あれは偶然ではないと思う。肉体を鍛えることと、知力を鍛えることは同じなのだ。否、肉体を鍛えると必然的に知力を鍛えたくなるものなのだ。」ー 「筋トレをする人は、なぜ、仕事で結果を出せるのか?」P84
「あなたは、子どもの頃から比べると、大人になってから随分頭が固くなったのではないだろうか?頭が固くなるのと比例して、体も固くなっているはずだ。否、体が固くなるのと比例して、頭も固くなったのだ。つまり、頭の状態と体の状態は常に一致しているということになる。大人になったから頭が固くなったのではなく、体が固くなったから頭が固くなったのだ。ー 「筋トレをする人は、なぜ、仕事で結果を出せるのか?」P86
「体がクニャクニャして柔らかいと、自分の機嫌も良くなってくるから枠にとらわれない変幻自在な発想が生み出されるのだ。」ー「筋トレをする人は、なぜ、仕事で結果を出せるのか?」P87
5.ブログを書いて公開する。(ブログを書くということは、日々、感じたことを文章という形でアウトプットするので訓練になる。また、自分の思考を記録に残すことによって、後で思考の経過を振り返ることが出来る。)
6.スマートフォン、PC等のデバイスを駆使して、楽しみながら有用な情報収集に努める。(あくまで楽しみながら、自分の世界を広げるつもりで...)
長くなってしまいました。本当は、アドラーについて自分なりに思うことを書いてみたかったのですが、またの機会にさせていただきます。
ありがとうございました。